温泉岳

―温泉岳―
うんぜんだけ

長崎県雲仙市・島原市・南島原市
特別名勝 1952年指定


 長崎県の南東部、島原半島の中心に聳える雲仙岳。かつては温泉岳と書いていたものの、昭和9年(1934年)に雲仙国立公園として瀬戸内海国立公園、霧島国立公園と共に全国初の国立公園に指定されたことを切っ掛けに雲仙岳へと改められ、以降はその表記で著名になった。雲仙岳は古くより活発な活火山として知られ、平成3年(1991年)には噴火の火砕流によって麓に甚大な被害をもたらした。一方で、その山容は起伏に富んでいて複雑かつ雄大な様相を呈しており、ツツジやアヤメ、紅葉樹などの植物景観も優れていることから、雲仙岳を構成する山塊、および火山活動によって温泉が噴出する温泉街を含めた一帯が国の特別名勝に指定されている。




国見岳を中心とする、妙見カルデラの山々

 雲仙岳は複数の峰を包括する山塊の総称であり、いわゆる雲仙三岳と称される普賢岳(標高1359m)、国見岳(1347m)、妙見岳(1333m)を始め、野岳、矢岳、絹笠山、高岩山、九千部岳(くせんぶだけ)、そして平成の噴火によって誕生した最高峰の平成新山(1483m)などから構成される。その火山活動が始まったのは50万年前とされ、20万年前までに高岩山、絹笠山、矢岳が形成された。次いで14万年前には九千部岳、10万年前に野岳、妙見岳、国見岳が生まれ、そのうち妙見岳と国見岳が約2万7千年前に崩壊して妙見カルデラが形成されている。そして約7千年前に妙見カルデラの内部で噴火が起き、島の峰、立岩の峰に続く三番目の溶岩ドームとして普賢岳が築かれた。




かつて最高峰であった普賢岳、および新たな最高峰となった平成新山

 奈良時代初期に編纂された『肥前国風土記』において、雲仙岳は「高来峰」という名で記されており、温泉についての記述が見られるという。大宝元年(701年)には行基によって現在の温泉街に満明寺と温泉神社が開かれたとされ、以降、雲仙岳は修験道の霊山として信仰を集めていった。江戸時代後期の寛政4年(1792年)には普賢岳が噴火を起こし、その後に発生した地震により城下町島原の背後に聳える眉山が崩壊。大量の土砂が島原城下を通り抜けて有明海へと流れ込んだ。それにより10m以上の大津波が発生し、対岸の熊本や天草に大きな被害を与え、さらに返し波が再び島原を襲い、約1万5千人が死亡するという大災害「島原大変肥後迷惑」をもたらした。




真っ白な温泉余土が広がる地熱地帯「地獄」
周囲には雲仙温泉街が形成されている

 温泉地としての歴史は江戸時代の前期、島原の乱を招いた責任によって島原藩主の松倉勝家(まつくらかついえ)が斬首となると、遠江浜松の高力忠房(こうりきただふさ)が新たな藩主として島原に入る。その家臣であった加藤善左衛門(かとうぜんざえもん)は雲仙の管理を命じられ、農業に適さない雲仙での新たな産業として承応2年(1653年)に共同浴場「延暦湯」を開設した。雲仙は霊山として知られていたこともあり全国から数多くの湯治客を集め、江戸時代後期の文政6年(1853年)にはシーボルトの著書『日本』にて雲仙の名がヨーロッパに紹介されている。明治に入ると温泉地としての開発がさらに進められ、外国人向けのホテルやゴルフ場、テニスコートなどがいち早く整備された。




かつての地熱地帯であり、現在は各種ミズゴケが群生する「原生沼」

 温泉街の中心に位置する地熱地帯は、もうもうと立ち篭める湯けむりや強い硫化水素の臭いによって昔から「地獄」と称されてきた。江戸時代前期の寛永4年(1627年)から寛永8年(1631年)にかけてはキリシタンに棄教を迫る拷問が行われ、33人が殉教した地でもある。またその西側には、温泉余土が広がるものの噴気が見られない「旧八万地獄」が存在する。ここは50年前までは地獄のような噴気が見られたかつての地熱地帯であり、火山活動が弱まった現在は植物が少しずつ移入し始めている。またそのさらに西側には、様々なミズゴケが繁茂する「原生沼」が広がっている。ここは旧八万地獄よりも前に火山活動が行われていた場所であり、地熱地帯が西から東へ徐々に移動していることを示している。




飛び地として特別名勝に含まれている「諏訪池」から望む雲仙岳

 原生沼ではミズゴケの他にレンゲツツジやカキツバタなどの群生も見られ、泥炭形成植物が育成する湿地帯の代表例であることから「原生沼沼野植物群落」として国の天然記念物に指定されている。雲仙岳は植生が極めて豊かな山であり、特別名勝の範囲内には他にも「普賢岳紅葉樹林」「野岳イヌツゲ群生」「池の原ミヤマキリシマ群生」「地熱地帯シロドウダン群生」の各植生、および大災害をもたらしながらも生成の過程が目撃された火山である「平成新山」と計6件の天然記念物を内包している。また特別名勝の飛び地として、九千部岳とその北麓に広がる田代原の草原地帯、および南西に位置する江戸時代に築かれた溜池の諏訪池(すわのいけ)もまた「温泉岳」の範囲に含まれている。

2014年10月訪問
2018年05月再訪問




【アクセス】

<雲仙温泉街>
JR九州「諫早駅」から島鉄バス「雲仙」行きで約80分、「雲仙」バス停下車すぐ。
JR九州「長崎駅」から島鉄バス「雲仙」行きで約100分、「雲仙」バス停下車すぐ。

<仁田峠(雲仙ロープウェイ)>
雲仙温泉郷から登山道を歩いて約60分。
乗り合いタクシー(要事前予約)で約20分。

【拝観情報】

散策自由。

<雲仙ロープウェイ>
運航時間:4月1日〜10月31日は8:31〜17:23(上り最終17:03)、11月1日〜3月31日は8:41〜17:11(上り最終16:51)
運賃:大人片道630円、往復1260円。子供片道320円、往復630円。

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