豊田市足助

―豊田市足助―
とよたしあすけ

愛知県豊田市
重要伝統的建造物群保存地区 2011年選定 約21.5ヘクタール


 愛知県は奥三河の山間部、紅葉の名所として有名な香嵐渓(こうらんけい)を有する足助の町は、三河と信濃を結ぶ三州街道(さんしゅうかいどう)の中継地として発展した宿場である。江戸時代、三州街道は三河で生産された塩を運ぶ「塩の道」として大いに賑わい、足助川に沿って形成された足助の町には塩を扱う問屋の商家が軒を連ね、宿場町としてのみならず商家町や在郷町としての性格も強くなった。明治時代に入ると鉄道などの陸上交通が発達し、他の旧街道と同じく三州街道もまた廃れたものの、今でもなお足助には、かつての街道に沿って江戸時代末期から昭和初期にかけての町家が建ち並び、連続する多彩な町並み景観を目にする事ができる。




妻入と平入の町家が混在する足助新町の町並み

 三州街道は伊那街道とも呼ばれ、古来から重要な道として認識されており、足助の地もまたその要衝として知られていた。足助の西側には足助八幡宮が鎮座するが、その本殿(重要文化財)は室町時代中期の文正元年(1466年)に建てられたもので、その当時より足助には、立派な社殿を建立する財力が備わっていた事が分かる。また、足助川左岸にそびえる真弓山の頂には、戦国時代にこの地を治めてた足助鈴木氏の足助城が存在していたが、後に鈴木氏は徳川家康の家臣に下り、豊臣秀吉に移封された家康と共に関東へと移って足助城はそのまま廃された。その後の江戸時代、三州街道は「塩の道」として最盛期を迎え、それに伴い足助も非常な賑わいを見せる事になる。




足助のシンボルというべきマンリン小路
白壁と黒板張りのコントラストが映える路地である

 三河湾沿いの各地で生産された塩は、矢作川(やはぎがわ)やその支流の巴川(ともえがわ)の水運を利用して運ばれ、途中からは陸運を使って足助へと集められた。足助から先は極めて険しい山道であり、またそれぞれの産地によって塩の目方がまちまちであった為、足助の塩問屋はそれらの塩をブレンドし、山道での運搬に最も効率の良い7貫目(約26キログラム)の俵に詰め直したという。それ故、足助の塩問屋を通した塩は、「足助塩」や「足助直し」などと称されていた。なお、それらの塩は、地元の農民たちが自分の馬を使って運ぶ、中馬(ちゅうま)によって運搬されていた。動員された中馬の数は膨大であり、その為三州街道は中馬街道という名でも呼ばれていたという。




今も営業している店舗が多く、活気ある町並みが続く

 足助の町並みは、香嵐渓の入口に架かる足助橋を越えたその先、足助川の左岸に位置する西町から始まっている。西町の先に架かる橋を渡って右岸に移ると、そこは新町だ。さらに本町へと至り、田町、新田町と続いている。この全長約1.5キロメートルの範囲に渡り、建てられた時代に応じて様々な意匠を持つ町家が混じり合うのが、足助の町並みの特徴である。主屋はおおむね切妻造の桟瓦葺きで、平入と妻入が混在している。主屋は二階建てがほんとどで、一階部分には庇が付き、壁は漆喰で塗り込められるケースが多い。現役で営業している店舗が多く、全体的に商家町や在郷町としての性格が強い、懐かしいレトロな商店街といった風情で、町は活気に溢れている。




かつての宿場の雰囲気を残す西町
右の建物は、今もなお営業を続けている玉田屋旅館だ

 唯一、足助の入口にあたる西町は、宿場町としての雰囲気を残す通りである。三州街道が衰退した明治時代にも、七軒の旅籠が存在していたといい、現在も江戸時代末期に建てられた主屋を持つ玉田屋旅館が営業を続けている。西町から続く新町は、妻入の商家が比較的多く見られる地域である。袖壁を持つ家も多い。さらにその先の本町は、かつての足助の中心であり、格子のはめられた立派な塩問屋の商家が軒を連ねている。特に紙屋鈴木家は、問屋のみならず醸造業や金融業なども営んでいた、足助を代表する大商家だ。その屋敷は安永5年(1777年)に建てられたとされる主屋を中心に、土蔵、茶室など、17棟もの建物が配された、壮大なものとなっている。




足助川に面した家々は、石垣を高く積んで川にせり出すように建つ

 本町と田町の間には、道をクランク状に折り曲げた枡形を配し、わざと見通しを利きにくくして宿場の防衛を図っている。江戸時代の天和元年(1681年)、この枡形には足助陣屋が置かれ、それは明治時代に至るまで存続していた。田町や新田町にも連続した町並みが良好に続き、大正元年に建てられた旧稲橋銀行足助支店など、印象的な建物も多い。高台に建つ宗恩寺への参道はマンリン小路という愛称で親しまれ、白壁に黒板張りが映える建物が坂道に連なる光景は、足助を代表する景観の一つとなっている。また、足助川に面した家々は、石垣を高く積み上げて川へと張り出すように建てられており、地下階を設けるなど、限られた土地を最大限に利用する工夫が見られる。

2010年12月訪問




【アクセス】

名鉄名古屋本線「東岡崎駅」より名鉄バス「豊田足助線」で約70分、
「香嵐渓一の谷口バス停」下車、徒歩約5分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。