鹿島市浜庄津町浜金屋町

―鹿島市浜中町八本木宿―
かしましはまなかまちはちほんぎしゅく
重要伝統的建造物群保存地区 2006年選定 約6.7ヘクタール

―鹿島市浜庄津町浜金屋町―
かしましはましょうずまちはまかなやまち
重要伝統的建造物群保存地区 2006年選定 約2.0ヘクタール

佐賀県鹿島市


 佐賀県の南西部、有明海に注ぐ浜川の河口に位置する肥前浜は、佐賀藩の支藩のひとつである鹿島藩の港町として江戸時代を通じて栄え、また小倉から長崎へと至る長崎街道の脇街道「多良(たら)海道」の宿場町としても機能していた町である。江戸中期になると酒造などの醸造業で大いに栄え、その町並みは「浜千軒」と称さるほどの賑わいを見せていた。肥前浜には今もなお、江戸時代後期から昭和初期にかけて建てられた町家が数多く現存しており、そのうち酒蔵が連なる浜川左岸の浜中町八本木宿、および狭隘な範囲に茅葺屋根の家屋が密集する浜川右岸の庄津町金屋町の二箇所が、それぞれ重要伝統的建造物群保存地区に選定された。




白壁の居蔵造(いぐらづくり)が建ち並ぶ、浜中町八本木宿の町並み

 浜中町八本木宿の町並みは、浜川と並行する多良海道沿い東西約600メートルの範囲に連続している。江戸時代には十数軒の酒蔵が存在していたといい、また明治に入ると酒造株仲間制度が廃され、新規の酒蔵が次々と創業した。現在、この通りは「酒蔵通り」と称され、煉瓦造の煙突を立てた酒蔵が連続している、醸造業の町らしい景観を目にすることができる。この町は江戸時代を通じて度々の大火に見舞われ、文政11年(1828年)に起きた大火の後にはより耐火性の高い居蔵造の町家が建てられるようになった。居蔵造は外壁を漆喰で塗り篭める土蔵造の一種であり、肥前浜では比較的規模が大きく、屋根は桟瓦葺の入母屋屋根、妻入が基本である。




居蔵造以外の建物も混在し、多様な町並み景観を作り出している

 浜中町八本木宿に建ち並ぶ居蔵造の中でも、町並みの中心に位置する山口家住宅は通りで最も古い家のひとつである。山口家は元武士の家であり、その主家もまた格式の高い作りとなっている。この辺りの地域の居蔵造は軒を支える大きな持ち送りに様々な彫刻を施しているものが多いが、山口家住宅の持ち送りは特に立派であり、通りで唯一「松竹梅」をモチーフとした彫刻を刻んでいる。通りに並ぶのは居蔵造の町家や酒蔵だけではなく、昭和12年(1937年)に建てられた洋風建築の旧浜郵便局や、かつては魚市場であった家屋など、港で荷揚げされた物資を次の宿場に送る「継場(つぎば)」など、宿場町、港町としての歴史を物語る多種多様な建物が並んでいる。




在郷武士の住居として貴重な旧乗田(のりた)家住宅

 浜中町八本木宿の裏路地に建つ茅葺屋根の旧乗田家住宅は、鹿島藩に仕えていた武士の屋敷である。建造年代は江戸時代後期の19世紀初期と推定されており、佐賀県に多い「クド造り」で建てられている。“クド”とは釜戸の意味であり、上空から見ると屋根が凹型に見えることからその名が付いた。なお、旧乗田家住宅は一部が張り出たユの字型である。広い庭は畑であり、また土間が広く養蚕を行っていたと考えられているなど、在郷武士の生活状況を伝える数少ない遺構として貴重である。現在、八本木宿に残る武家住宅は旧乗田家住宅だけだが、江戸時代初期にはこのような武家屋敷が多数存在し、江戸時代後期に細分化され町家になったと推測されている。




茅葺屋根の町家が並ぶ浜金屋町の町並み

 八本木宿から橋を渡った対岸には、浜庄津町と浜金屋町が存在する。緩やかに湾曲する多良海道とそこから伸びる細い路地を骨格とし、東西約220メートル、南北約160メートルの範囲に高密度で町家が密集している。そのうち浜川沿いに広がる浜庄津町は商人や船乗りが住む港町、その南側の浜金屋町は鍛冶屋や大工が住まう職人町であり、現在まで二町併せて「庄金」と称されてきた。その中心部には浄土真宗本願寺派の寺院である浄立寺が境内を構え、またその近くの路肩には「夷(えびす)三郎」と彫られた祠が奉られている。恵比寿信仰が盛んな佐賀県では恵比寿像を多々目にするが、庄金の夷三郎の祠は佐賀県内でも特に古い貞亨四年(1687年)のものである。




浜庄津町の路地奥に三棟連なる古民家
近年修復され、内部が公開されている

 浜庄津町と浜金屋町は庶民の町であることから、各家の敷地は比較的小規模な短冊形であり、茅葺、桟瓦葺の町家が混在して建ち並んでいるのが特徴的だ。八本木宿の町家は漆喰で塗り篭めた大壁であるのに対し、こちらはすべて木部を見せる真壁造である。桟瓦葺のものは入母屋造の妻入、茅葺のものは寄棟造の直屋(すごや)を基本としつつ、矩折れの家やクド造りの家も存在する。正面は土間口を大戸とし、床上には摺り上げ戸を落とし、二階部分は開放的な連窓となっている。近年まで、茅葺の町家は葺き替えができずに屋根が荒れていたり、トタンで覆われている家も多かったが、現在は行政の補助のもと修理や修景が進められており、往時の景観が蘇りつつある。

2014年10月訪問




【アクセス】

JR長崎本線「肥前浜駅」から徒歩約5分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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