アイヌの伝統と近代開拓による沙流川流域の文化的景観

アイヌの伝統と近代開拓による沙流川流域の文化的景観
あいぬのでんとうときんだいかいたくによるさるがわりゅういきのぶんかてきけいかん

北海道沙流郡平取町
重要文化的景観 2007年選定


 かつては北東北からサハリンにかけて広く分布し、とりわけ北海道の先住民族として知られるアイヌ。厳しいながらも豊かな自然環境の中で育まれてきたその独自の文化は、明治時代以降に和人との同化が進むにつれ急速に失われていった。そのような中、北海道の日高地方を流れる沙流川の流域、特に平取町の二風谷(にぶたに)地区には今もなおアイヌの人々が数多く居住しており、またその周囲にはユカラ(口承)の舞台や聖地が数多く残るなど、アイヌに根差した文化的景観を目にする事ができる。また芽生(めむ)地区の河岸段丘上に戦後開拓の畑や牧場が広がるなど、平取町では多様な要素を含む重層的な景観が見られる事から、2007年に国の重要文化的景観に選定された。




昔からイオル(狩猟採集の場)とされてきたピラウトゥルナイ区域の里山

 寒冷な北海道では稲作が根付かず、アイヌの人々は古来より狩猟採集によって生活を営んできた。狩猟採集の民族は獲物を追い求めて移住を繰り返す事が多いのだが、アイヌはコタン(集落)を築いて定住していた。それを可能としていたのが、豊かな川の存在である。人々は川を遡上してくる鮭を主食とし、その皮は獣皮と同じくなめして衣類に加工していた。また川辺には有用植物も数多く育成し、特にヤナギやミズキはカムイ(神)に捧げるイナウ(御幣)の材料として不可欠とされた。またコタンの近くにはイオルと呼ばれる里山があり、人々はきのこや栗を採って食していた。沙流川を擁し山に囲まれた二風谷は、まさにアイヌのコタンが形成される条件にぴったりな土地だと言える。




アイヌの伝統家屋であるチセ(家)
土壁は用いず、屋根も壁もカヤで葺かれている

 アイヌの伝統家屋であるチセはひとつも現存していないが、平取町立二風谷アイヌ文化博物館にはチセが復元されており、コタンの様子が再現されている。チセは礎石を用いない掘立式で、釘を使わずブドウヅルなどの植物で柱や梁を固定していた。屋根や壁の素材はその地域で入手しやすいものが用いられ、カヤやヨシを基本としながら道東部では木の皮、道央では笹が使われていた。内部の間取りは桁行三間梁間二間、あるいは桁行四間梁間三間の一室造りとし、入口にはセム(前室)を設けて風や雪が室内に吹き込まないようにしている。部屋の正面奥にはロルンプヤラ(上座の窓)があるが、これはカムイ(神)が出入りする為の窓であり、ここから室内を覗いてはならないとされる。




オキクルミが矢で山を貫いたと伝えられる「オプシヌプリ」
現在は崩落しているが、かつてはアーチ状の穴が開いていた

 平取町はアイヌの人々にあらゆる生活の術を教えたとされる神「オキクルミ」が降り立った地であると伝えられ、二風谷(にぶたに)区域にはオキクルミにまつわる伝説が数多く残されている。山がえぐられたかのような地形の「オプシヌプリ」は、十勝アイヌとの戦争を避ける為にオキクルミが山を矢で射抜き、神の威光を示したものとされる。また三頭の熊が山に向けて歩いているかのような形をした大岩「ウカエロシキ」は、狩りに出かけたオキクルミが逃げる親子連れの熊にいつまでも追い付けなかった事に腹を立て、その熊の親子を石に変えたと伝えられている。周辺には他にもチャシ(アイヌの聖地であり砦)の跡も多く、二風谷がアイヌにとって極めて重要な土地であった事が分かる。




昭和6年(1931年)に建てられた下見板張りの木造洋館「旧マンロー館」

 同じく二風谷に建つ「旧マンロー館」は、イギリス出身の医師であり考古学者、人類学者でもあったニール・ゴードン・マンローが自宅兼診療所として建てた洋館である。マンローは日本の病院で働く傍ら、考古遺跡の発掘調査なども行っていた人物であり、アイヌ文化にも強い関心を示し熱心に研究を行っていた。二風谷に移住したマンローはこの館で研究に励むと共に人々の診療にあたっていたという。また二風谷出身のアイヌ文化研究者であり後に国会議員となってアイヌ文化振興法を成立させた萱野茂(かやのしげる)氏は昭和28年(1953年)頃よりアイヌ生活用具の収集を行っており、それらのコレクションは平成14年(2002年)に国の重要有形民俗文化財に指定された。




芽生地区を流れる額平(ぬかびら)峡谷
谷の上部に広がる河岸段丘には戦後開拓により畑や牧場が形成された

 沙流川の支流である額平川の流域に広がる芽生区域は、昭和20年(1945年)および昭和22年(1947年)に戦後の緊急開拓事業として開かれた地区である。高低差のある河岸段丘上に広がる畑や牧場は、蛇行して流れる切り立った額平峡谷と相まって極めてユニークな景観を作り出している。また芽生区域のやや上流に位置する宿主別(シュクシベツ)区域には、約15ヘクタールと日本一の面積を持つスズランの群生地が広がっている。この付近もまた牧場として開かれたものの馬は有毒なスズランを食べる事ができず、結果的にスズランだけが残って群生地になったのだという。5月から6月にかけては涼しげなスズランの花が咲き乱れ、初夏の風物詩となっている。

2012年09月訪問




【アクセス】

JR日高本線「富川駅」から道南バス「平取方面行き」で約25分、「平取バス停」下車。

JR函館本線「札幌駅」から道南バス「高速ひだか号」で約1時間50分、「平取バス停」下車。

【拝観情報】

散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。
二風谷ファミリーランドにレンタサイクルあり(最寄は「びらとり温泉バス停」)。