小石川後楽園

―小石川後楽園―
こいしかわこうらくえん

東京都文京区
特別史跡 1952年指定
特別名勝 1952年指定


 東京都文京区、東京ドームに隣接する小石川後楽園は、水戸黄門のモデルとして著名な徳川光圀(とくがわみつくに、水戸光圀ともいう)など、水戸徳川家ゆかりの大名庭園である。造園ブームが起こった江戸時代、大名たちは自らの権力と財力を誇示すべく、領国の屋敷や江戸藩邸(江戸に設けられた、大名やその家族が住まう為の屋敷)に広大な庭園をこぞって築いた。そのような大名庭園は、今もなお東京や日本の各地に残されており、中でも江戸時代初期に作庭された小石川後楽園は、木々が生い茂った深山幽谷というべき風景の中に、中華趣味が散見される名庭だ。数ある大名庭園の中でも、その代表格として知られており、国の特別史跡および特別名勝に指定されている。




江戸藩邸の書院庭園として貴重な後楽園内庭

 小石川後楽園が最初に作庭されたのは寛永6年(1629年)。徳川家康の11男であり、水戸藩の初代藩主となった徳川頼房(とくがわよりふさ)が、中屋敷(後に上屋敷となる)の庭園として築いた事に始まる。その後、二代藩主の光圀が大規模な改修を行い、現在に通じる姿となった。その庭園は主に、藩邸の書院庭園であった内庭と、その背後に広がる広大な敷地の後園に分ける事ができる。かつては内庭と後庭の間に唐門が存在し、それぞれの区画を仕切っていたが、唐門は第二次世界大戦の東京大空襲により焼失してしまい、現在はその基礎が残るのみだ。なお、内庭は純日本式の庭園であり、江戸藩邸における書院庭園の旧態を良く残す庭園として貴重である。




なみなみと水を湛えた、後園の大泉水

 後園は、蓬莱島と呼ばれる島を配した大泉水(だいせんすい)の大池を中心に据え、その周囲を歩いて周る事ができる池泉回遊式庭園である。このような様式は、江戸時代の大名庭園において採られてきたその典型だ。大泉水の用水は、家康の命によって天正18年(1590年)より整備された、神田上水の分流を引き入れている。なお、後園の造成を行った光圀は、懇意にしていた明の儒学者、朱舜水(しゅしゅんすい)の意見を積極的に取り入れた。故に後楽園は、儒学思想に基づいた設計となっている。朱舜水は明の遺臣であり、明が清により滅ぼされた後も、明の復興に力を注いだが失敗して日本に亡命。光圀により招聘され、水戸藩の学問にも大きな影響を与えた人物である。




池を直線状に分かつ西湖の堤

 また後楽園という名も、北宋の文人であった范仲淹(はんちゅうえん)の岳陽楼記(がくようろうき)に記されている、「天下の憂いに先んじて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」という一節より、朱舜水が命名したものだ。このような朱舜水の影響により、後楽園は中華趣味豊かな庭園に仕上がった。水に映る姿がまるで満月のようである事から「渡月橋」という名が付いた中華風の石造アーチ橋や、中国の西湖(さいこ)を模した「西湖の堤」などが、その好例である。なお、後楽園の西湖の堤は、その後に築造された各地の大名庭園にも大きな影響を与え、同じく江戸の藩屋敷であった旧芝離宮庭園や、広島にある縮景園などにおいても、同様の西湖の堤を見ることができる。




大泉水の北側には、水田や菖蒲畑、水路など、農村の風景が広がっている

 大泉水のほとりは、笹で覆われた巨大な築山が存在する。これは小廬山(しょうろざん)と呼ばれており、これは儒学者の林羅山(はやしらざん)が、中国の廬山に似ている事から付けた名であるという。また大泉水の北側には、水田の広がる農村のような景色が広がっている。これは光圀が跡継ぎである徳川綱條(とくがわつなえだ)の夫人に、農民の苦労を伝えようと作ったものだ。他にも、菖蒲畑や藤棚、梅園など、後楽園には多種多様な樹木、草花が植えられており、季節折々の花々を楽しむ事ができる。藤棚の隣、カキツバタ畑の中には、八枚の板を渡した橋が存在する。これは伊勢物語の九段、「かきつばた」の舞台となった、「三河国八ツ橋」を再現したものである。




震災、戦災を免れ、江戸時代より現存する得仁堂

 かつて後楽園内には、京都の清水寺を模した懸造の清水観音堂や、光圀が第三代将軍徳川家光に謁見した際に賜った、文昌星(ぶんそうせい)の像を安置していた八角形の八卦堂など、数多くの建造物が存在していた。しかしながらこれらもまた唐門同様、関東大震災や第二次世界大戦により失われてしまっている。音羽の滝の上に建つ得仁堂(とくにんどう)は、そのいずれの被害をも免れた、後楽園に江戸時代から建つ貴重な建造物である。これは光圀が18歳の時、史記「伯夷列伝」に感銘を受け、伯夷(はくい)、および叔斉(しゅくさい)の木像を安置したといういわれを持つ建物である。この得仁堂という名は、孔子が伯夷・叔斉を評した言葉「求仁得仁」に由来するものだ。

2006年06月訪問
2011年09月再訪問




【アクセス】

東京メトロ「飯田橋駅」より徒歩約5分。
JR中央本線「飯田橋駅」より徒歩約10分。
東京メトロ「後楽園駅」より徒歩約10分。

【拝観情報】

拝観料300円、拝観時間は9時〜17時(入場は16時30分まで)。
年末年始(12月29日〜1月1日)休園。

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