姫路城跡

―姫路城跡―
ひめじじょうあと

兵庫県姫路市
特別史跡 1956年指定


 かつての播磨国、現在の兵庫県姫路市に姫山という丘がある。そこには五層七階の大天守を中心とした、全面白漆喰の優美な城郭がそびえ立っている。まるで白鷺が羽を広げて飛び立つ姿のように見えることから、白鷺城と呼ばれるその平山城。それこそが、天下の名城、姫路城。




現在は広場になっている三の丸跡

 姫路城の起こりは、元弘3年(1333年)、播磨の守護であった赤松則村が姫山に砦を築き、その息子貞範が城としたのが始まりとされる(16世紀中旬、黒田重隆が築城したという説もある)。その後の天正9年(1581年)に、織田信長の重臣である羽柴秀吉が三層の天守を築き、姫路城は近世城郭へと進化した。




西の丸より天守を望む

 慶長5年(1601年)、姫路城に入城した池田輝政は、8年を掛けて姫路城を大改修し、広大な城郭を築き上げた。現在に残る城郭建築や遺構は、この時に作られたものである。また、元和4年(1618年)には本多忠政が西の丸などの増築を行い、それにより姫路城は今に見られる姿へと整えられた。




「はの門」前の通路

 その伽藍は南から北へ、南大門、中門、金堂、講堂、食堂が一直線上に並ぶ形を取っていた。中門から金堂へは回廊が渡され、金堂の手前左右には西塔と東塔が置かれていた。いわゆる薬師寺式伽藍に近い形であるが、薬師寺式伽藍は回廊が中門から講堂に接続されるのに対し、百済寺は中門から金堂に接続されている点が異なっており、これは新羅の感恩寺の形式であると言われている。




「ぬの門」および渡櫓
姫路城跡では主要建造物の礎石が良好に残る

 現在、姫路城の天守を構築する8棟の建造物は全てが国宝に指定され、天守以外の建造物74棟は重要文化財に指定されている。また、中濠以内は特別史跡の指定を受けており、その土地も保護の対象となっている。姫路城は、日本の近世城郭の代表かつ木造建造物の傑作として、ユネスコの世界遺産リストにも登録されている。




播州皿屋敷(番長皿屋敷)で有名なお菊井戸

 姫路城はその意匠のみならず、軍事施設としての機能も優れたものであった。その縄張(城の配置)は、天守を中心に螺旋を描く構造であり、天守へ繋がる通路も曲がり角や門、袋小路が多く、簡単には天守へ到達できないようになっている。また塀には弓や鉄砲を撃つ為の狭間が設けられ、櫓には石落としなどの防衛設備が備わっている。

2007年02月訪問




【アクセス】

JR山陽本線「姫路駅」から徒歩約15分。

【拝観情報】

拝観料400円、拝観時間は9時〜16時(4月27日から8月31日までは9時〜17時)。
12月29日〜30日は休館。

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