長寿寺本堂

―長寿寺本堂―
ちょうじゅじほんどう

滋賀県湖南市
国宝 1953年指定


 滋賀県湖南市、琵琶湖南部の湖南山地にそびえる阿星山(あぼしやま)。この山は、平安時代に山岳信仰の拠点として大々的に栄え、山麓一帯には阿星山五千坊と呼ばれる一大仏教圏が広がっていたという。その阿星山の北麓に位置する阿星山長寿寺は、同じく阿星山北麓に存在する常楽寺と共に、阿星山五千坊の一つに数えられていた古刹である。この二寺はどちらも阿星山という山号を冠し、地元では常楽寺を西寺、長寿寺を東寺と称して、人々に親しまれてきた。また近年では、この二寺に同じく湖西市の古寺である善水寺を加え、湖南三山とも称されている。このうち長寿寺の本堂は、鎌倉時代に建てられた中世初頭における天台仏堂の好例として、国宝に指定されている。




秘仏本尊の地蔵菩薩像を祀る長寿寺本堂

 寺伝によると、長寿寺の歴史は奈良時代にまで遡る。阿星山の南東に造営された離宮である、紫香楽宮(しがらきのみや)の鬼門を封じる為、聖武天皇の勅願によって、東大寺の開山である良弁(ろうべん)僧正が創建した寺院がその始まりであるという。これは、常楽寺の創建由来と全く同じであり、この二寺は密に関係して、共に同じような歴史を歩んできたという事が良く分かる話である。創建後、聖武天皇の皇女が誕生した際には、各種堂宇が整備され、その寺名も長寿寺という現在に通じる名へと改められた。平安時代には、前述の通り阿星山五千坊の一つとして大いに賑わい、その後の時代も時の権力者の援助の元、存続していったという。




「てりむくり」と呼ばれる屋根の曲線が美しい

 現存する長寿寺本堂は、正確な建立年こそ明らかになっていないものの、その建築様式や建築手法により、鎌倉時代の前期に建てられたものであると考えられている。この時期の密教仏堂としてはやや規模が小さく、桁行五間に梁間五間の方五間。ほぼ正方形の平面を持つ建築となっている。屋根は檜皮で葺かれた一重の寄棟造で、建物の正面には三間と幅の広い向拝が付いているが、これは後世に付加されたものであると見られる。また、その建築様式は大陸からの影響が見られない純和様の様式であり、特にその屋根の形は、「てりむくり」と呼ばれる極めて日本的な、なだらかで美しい反転曲線を描いており、優れた意匠の建造物としても評価が高い。




組物は平三斗、中備は間斗束と、外観は比較的簡素だ

 長寿寺本堂の内部は、手前に奥行き二間の外陣、続いて同じく奥行き二間の内陣、そしてその後ろに奥行き一間の後陣が連なる構成である。外観だけでは一つのまとまった建物のように見えるものの、内部構造は外陣と内陣がそれぞれ独立した屋根を持っており、それら二つの建物を巨大な屋根で覆った形になっている。古代の密教仏堂は、仏像を納める為の正堂(しょうどう)と、拝礼の為の礼堂(らいどう)の二棟を並べた、双堂(ならびどう)の形式が一般的であった。中世になると、正堂と礼堂を一体化して一棟の建造物にまとめ、内部で内陣と外陣を隔てるようになるのだが、この長寿寺本堂はその過渡期を示す建築として、大変貴重なものである。




本堂正面の向拝は、貞治5年(1366年)の補作とされる

 内部は外陣、内陣共に天井を張っておらず、棟木や垂木を見せる化粧屋根裏となっている。そのうち外陣の屋根組は寄棟であり、棟木は三本の虹梁の上に置かれた蟇股によって支えられている。なお、この蟇股は板蟇股という、装飾の少ない蟇股の古式を表す素朴なものだ。内陣の屋根組は切妻で、棟木は叉首(さす)によって支えられている。これら外陣と内陣は、格子戸と菱欄間によって区切られており、その領域が明確に区別されている。内陣は外陣より一段低く作られているが、これは、元は内陣が土間であり、かつては床が張られていなかったその名残である。内陣の中央に置かれた厨子もまた本堂と同時期に作られたもので、本堂の附けたりとして国宝に指定されている。




長寿寺の境内内に鎮座する、白山神社拝殿

 中世の天台寺院は、仏堂より高い位置に三重塔を配置するのが一般的であった。長寿寺にも、本堂左手の高台に享徳3年(1454年)建立の三重塔が建てられていたが、その後の安土桃山時代、織田信長が安土城内にハ見寺(そうけんじ)を創建するに伴い、丁度良いサイズであった長寿寺の三重塔が目を付けられ、ハ見寺へと移築されてしまった。この時に移された三重塔は、今もなお安土城内に現存しており、ハ見寺三重塔として重要文化財の指定を受けている。他にも、長寿の境内には室町時代に建造された弁天堂(重要文化財)や、長寿寺の鎮守社として建てられた白山神社(拝殿は室町時代後期のもので、重要文化財)など、歴史を感じさせる建物が複数残されている。

2010年05月訪問




【アクセス】

JR草津線「石部駅」よりコミュニティバスで約20分、「長寿寺バス停」下車すぐ。

【拝観情報】

拝観料500円、拝観時間9時〜16時。

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