海住山寺五重塔

―海住山寺五重塔―
かいじゅうせんじごじゅうのとう

京都府木津川市
国宝 1952年指定


 奈良時代、聖武天皇(しょうむてんのう)が橘諸兄(たちばなのもろえ)に恭仁京(くにきょう)の造営を命じ、一時は都が置かれていた事もある京都府南部の加茂の里。その北縁にたたずむ海住山こと三上山の中腹には、真言宗智山派の仏教寺院である海住山寺が存在する。本尊の木造十一面観音立像(平安時代に刻まれたもので、重要文化財)を安置する海住山寺本堂の左手には、鎌倉時代前期に建造された五重塔が眼下を望むようにそびえ建つ。初層にのみ裳階(もこし)と呼ばれる庇が付いた、独特な意匠を見せるその五重塔は、小ぶりながらも様々な点に独自性の見られる、極めて特異な中世五重塔として貴重であり、国宝に指定されている。




海住山寺五重塔(左)と本堂(右)

 海住山寺は寺伝によると、東大寺の盧舎那仏像(大仏)造営の平安を祈願した聖武天皇の勅願を受け、東大寺の開山であり初代別当でもある良弁(ろうべん)僧正が天平7年(735年)に開いた藤尾山観音寺に起源を持つという。その後の保延3年(1137年)、その観音寺が火災によって全焼し廃寺となったものの、承元2年(1208年)になると、加茂から程近い笠置寺に身を寄せていた、法相宗の僧侶である解脱上人こと貞慶(じょうけい)がその観音寺跡地に移り住み、草庵を築いて補陀洛山海住山寺と名付けた。以降、海住山寺は大いに栄え、最盛期には58もの塔頭が建てられていたというが、後に豊臣秀吉の太閤検地によって寺域が改められ、現在の規模に縮小したという。




一番下の初層に巡らされた裳階が特徴的だ

 海住山寺の五重塔は、貞慶の弟子であった覚真(かくしん)が、貞慶の一周忌供養として建保2年(1214年)に造営したものである。三間四方の五重塔であるが、総高は約17メートルと小規模であり、室生寺の五重塔についで二番目に小さな五重塔となっている。この五重塔最大の特徴である初重の裳階は、建立当時のものではなく、貞慶の十三回忌を行うにあたり、元仁2年(1225年)に付加されたものであるという。しかしながら、この裳階は室町時代後期に取り払われ、その部材を用いて初重の屋根が拡張された。長らくそのままであったものの、昭和38年の解体修理の際に裳階が付属していた痕跡や裳階に使われていた部材が発見された事で復元がなされ、鎌倉時代の姿に戻ったのだ。




裳階は簡素な舟肘木の乗る角柱で支えられている

 裳階は初重の屋根との間隔が狭く、ほとんど密着するように設けられている。屋根の組物は二手先だが、裳階は極めて簡素な舟肘木である。また、屋根はすべて本瓦葺であるが、裳階だけは銅板葺だ。初重の周囲には縁が巡らされており、それを取り囲むように裳階を支える為の角柱が並んでいる。通常、裳階の柱間には壁を張るものであるが、これは壁の無い吹き放しになっており、非常に珍しい。そもそも、多層塔に裳階が付く例自体が少なく、海住山寺五重塔の他、奈良の薬師寺東塔(三重すべてに裳階が付く)、長野の安楽寺八角三重塔(初層にのみ裳階が付く)、それと法隆寺五重塔(初層にのみ裳階が付く)の四例(五重塔に限れば二例)しか現存していない。




通常、五重塔の屋根の組物は三手先が普通であるが、この塔は二手先だ

 古式五重塔は、地面の中心に据えた心礎の上に、塔頂まで通る心柱を立てる事が多いが、この五重の塔は心礎が無く、初重の天井上より心柱が立っている。このような構造だと、初重内部に心柱が通らない為、仏像などを置くスペースを広く確保する事ができるのだ。海住山寺五重塔は、このような初重の天井から心柱を建てるスタイルを採る現存最古の五重塔とされている。初重内部には心柱の代わりに四天柱が立てられ、中央に据えられた須弥壇の上部には四面共に扉が設けられている。言わばこれは、内陣自体が厨子の役割を担う構造だ。その扉の内部には四天王立像が祀られており、また扉の内側全面には仏画や装飾文様が極彩色で描かれ、聖域を鮮やかに彩っている。




五重塔と同じく鎌倉時代に建てられた文殊堂

 本堂の右手前、五重塔と向き合うように建つ文殊堂は、五重塔と同じく鎌倉時代に建てられたものであり、重要文化財に指定されている。元は貞慶の十三回忌の際に建てられた経蔵だとされるが(経蔵には文殊菩薩が祀られる事が多い)、やがて経蔵の機能を失い、文殊堂になったという。その規模は桁行三間に梁間二間。屋根は一重の寄棟造で、創建当初は檜皮葺であったが、現在は銅板で葺かれている。正面の中央間は板唐戸であり、その両脇間は連子窓がはめられている。組物は平三斗で、中備には美しい意匠の蟇股が乗る。内部の構造も鎌倉時代のものを良く残しており、貴重である。他にも鎌倉時代の岩風呂など、境内には在りし日の遺物が残されている。

2009年12月訪問




【アクセス】

JR関西本線「加茂駅」より徒歩約1時間。

【拝観情報】

拝観料は本堂拝観が300円、境内散策のみの場合は100円。
拝観時間9時〜16時30分。