桜井神社拝殿

―桜井神社拝殿―
さくらいじんじゃはいでん

大阪府堺市
国宝 1953年指定


 大阪府堺市南部の丘陵地帯。戦後に大規模な宅地開発がなされた泉北ニュータウンの外れに、片蔵という田畑に囲まれた古い集落が存在する。その片蔵集落にひっそりたたずむ桜井神社は、平安時代に編纂された延喜式(えんぎしき)にも記載がある式内社(しきないしゃ)だ。かつてこの周囲一帯は上神谷(にわだに)という名の村であり、片蔵はその中心地でもあった事から、上神谷八幡宮とも称されている。その境内には、鬱蒼とした鎮守の杜を背に本殿と拝殿が並んでおり、そのうち拝殿は鎌倉前期に建てられたとされる非常に古い建造物である。鎌倉時代にまで遡る神社建築は全国的にも数少なく、また古式の様相を示す希少な割拝殿ということも相まって、国宝に指定されている。




桜井神社本殿へ続く内拝殿

 社伝によると、桜井神社は朝鮮半島の百済から渡来してきた桜井宿禰(さくらいすくね)の一族が、祖先を祀った事に始まるとされる。桜井氏は当地に須恵器(すえき)の技術をもたらし、それ故この周囲一帯は、かつて須恵器の一大産地であった。飛鳥時代の推古5年(597年)になると、それまでの祖神に八幡神が合祀され、現在に通じる桜井神社の信仰が形作られた。この年が、桜井神社の創建年とされる。以降、桜井神社は長きに渡り存続していったものの、安土桃山時代の天正5年(1577年)には、織田信長が紀州の根来寺へと攻め込んだ際に兵火を被り、拝殿以外のすべてを焼失。神社は荒廃してしまった。その後は長期に渡って社殿の再建がなされ、現在の状態に復興したという。




本殿、及び内拝殿前に建つ桜井神社拝殿
白壁と木部の丹塗りのコントラストが色鮮やかだ

 桜井神社の祭神は、八幡神とされる応神天皇(おうじんてんのう)と、その両親である仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)、及び神功皇后(じんぐうこうごう)である。それら三柱を祀る本殿は境内の奥に鎮座しており、拝殿はその手前に建つ。桜井神社の拝殿は通常見られるような拝殿とは違い、馬道(めどう)と呼ばれる土間を設け、建物内部を通り抜けられるようにした特異な形状である。このような形式の拝殿を、割拝殿(わりはいでん)という。桜井神社拝殿の建造年は定かではないが、建築技法は鎌倉時代のものを示しており、その頃の建立であると考えられている。同じく鎌倉時代に建てられた石上神宮摂社出雲建雄神社の拝殿と共に、割拝殿としては現存最古級の遺構だ。




拝殿の馬道
普段は両脇に格子がはめられている

 桜井神社拝殿は桁行五間、梁間三間の建物で、中央一間が前述の通り馬道である。屋根は勾配の緩い切妻で、本瓦で葺かれている。なお、神社建築の屋根は檜皮葺きや杮(こけら)葺きなどといった日本古来の素材であるのが普通であり、寺院建築に用いられるような本瓦葺きの拝殿は極めて異例だ。桜井神社の境内入口には鳥居も存在せず、代わりに寺院風の門が構えられている。拝殿の意匠は比較的シンプルなもので、正面は馬道以外の四間に桟唐戸が入り、柱は丸柱でその上に舟肘木を置いている。なお、建物の周囲にはかつて縁が巡らされていた痕跡が残り、また馬道部分も元は床が張られていたと考えられている。それが後に改修を受け、現在の割拝殿になったのだ。




化粧屋根裏に二重虹梁蟇股で構架された拝殿内部

 拝殿の内部は天井を張らず、垂木をそのまま見せた化粧屋根裏であり、梁は二重虹梁蟇股(にじゅうこうりょうかえるまた)の様式で構架されている。二重虹梁蟇股とは、渡した大虹梁に二つの蟇股を置いてその上に小虹梁を架け、さらに小虹梁の上にも蟇股を置いて棟を支えるというもので、奈良時代から用いられてきた古式の構架法だ。この桜井神社拝殿に使われる蟇股は中を刳り貫かない板蟇股であり、小虹梁を支える蟇股の高さが低く、平べったい形状をしている。拝殿外側妻面の破風には猪目懸魚(いのめげぎょ)を下げ、全体的に古代の寺院建築のような趣きがある。




その様相は奈良時代の寺院建築のようだ

 古来、神社は月日を経て穢れが堆積するのを良しとせず、本殿や拝殿などの神社建築は定期的に建て替えられる事が多かった。それ故、古い神社建築は現存するものが数少なく、そのような中で残った桜井神社拝殿は非常に貴重な遺構である。また、長い歴史を持つ上神谷において、現在に残る文化財は何も有形のものばかりではない。毎年10月の第1日曜日に行われる桜井神社の秋祭りでは、中世より伝わる「上神谷のこおどり」が奉納されている。これは雨の少ない和泉地方で行われてきた雨乞いの踊りをルーツに持ち、また室町時代の風流踊りの影響も見られるという。特徴的な七種類の拍子で踊られるこの「上神谷のこおどり」は、国の無形民俗文化財に指定されている。

2008年08月訪問
2010年12月再訪問




【アクセス】

泉北高速鉄道「泉が丘駅」より徒歩約30分。
泉北高速鉄道「栂・美木多駅」より徒歩約30分。
泉北高速鉄道「泉が丘駅」より南海バス23系統「畑行き」で約10分、「桜井神社前バス停」下車すぐ。
泉北高速鉄道「泉が丘駅」より南海バス24系統「鉢ケ峯行き」で約10分、「片蔵バス停」下車、徒歩約5分。

【拝観情報】

境内自由。

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