―函館市元町末広町―
はこだてしもとまちすえひろちょう
北海道函館市 重要伝統的建造物群保存地区 1989年選定 約14.5ヘクタール 江戸時代末期の嘉永7(1854)年、日米和親条約が締結され、箱館港は伊豆の下田港と共に物資の供給地として外国に開港されることとなった。開港後の箱館は国際都市として大々的に発展。箱館山の麓に位置する元町や隣接する末広町には、各国の領事館や教会などを初め、洋風、擬洋風建築が数多く建てられ、異国情緒ある町並みが作られた。これらの町並みは、今や函館を代表する風景として広く知られている。 開港前より箱館奉行所が置かれていた元町は、箱館における行政や経済の中心地であった。開港後、箱館奉行所は五稜郭に移転するものの、それでも元町には様々な役所や各国の領事館が置かれ、箱館の中心としてあり続けた。この付近は整然と整備された坂や道路が印象的であるが、これは明治11(1878)年と明治12年に起きた大火の後、防火対策として区画されたものだ。しかし明治40(1907)年に再び起きた大火によって建物のほとんどが灰燼に帰す。現在見られる建物は、それ以降に建てられたものである。 元町の町並みは海から伸びる坂を基順に考えると分かりやすい。元町を通る四本の坂道の一つ、かつて箱館奉行所が置かれていた元町公園へ通じる基坂(もといざか)は、その名の通り函館の道路作りの基準となった坂である。幅が広く、真っ直ぐ伸びる基坂の周囲には、旧函館区公会堂や旧北海道庁函館支庁、旧イギリス領事館といった公的施設の建物が集まっており、ここがかつての中心地であったことを物語っている。 基坂の東にある大三坂(だいさんざか)を上ったところには、ハリストス正教会やカトリック元町教会、聖ヨハネ教会といった教会が建つ。特にビザンチン様式の聖堂を持つハリストス正教会は歴史が古く、その鐘の音より地元ではガンガン寺と呼ばれ親しまれてきた。また、それら教会の近くには大正4(1915)年に日本で始めて鉄筋コンクリートで建てられた寺院、東本願寺函館別院がある。大火の続いた当時の函館において、鉄筋コンクリートは防火性に優れた最新の建材であった。 大三坂を下ったその先、函館港を望む海沿いには、赤レンガで造られた立派な倉庫が並んでいる。これらは金森洋物店の初代渡邉熊四郎が始めた倉庫業用のものであり、貿易や漁業の発展と共に倉庫の数は増えていった。明治40年の大火では6棟の倉庫が消失するものの、すぐにレンガ造りで再建され復興を遂げている。これらの倉庫群は今でも金森商船株式会社により管理、運営され、函館の顔として活躍している。 これらのような主要建造物以外にも、元町には明治から昭和初期にかけて作られた建造物が数多く残されている。それらは洋風建築であったり、日本建築であったり、はては洋風をまねて作られた擬洋風建築であったりと多種多様。海の見える坂道に沿って建ち並ぶそれらの建築は、カラフルな色使いと相まって、開国の港町らしい見るも鮮やかな町並みを作り出している。 2008年10月訪問
【アクセス】
函館市電「末広町駅」下車すぐ(末広町界隈)。 函館市電「十字街」または「末広町駅」より徒歩約5分(赤レンガ倉庫群界隈)。 JR函館本線「函館駅」より徒歩約20分(赤レンガ倉庫群界隈)。 【拝観情報】
町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。 ・神戸市北野町山本道(重要伝統的建造物群保存地区) ・長崎市東山手・南山手(重要伝統的建造物群保存地区) Tweet |