―京都市上賀茂―
きょうとしかみがも
京都府京都市 重要伝統的建造物群保存地区 1988年選定 約2.7ヘクタール 洛北、賀茂川の東にたたずむ神山(こうやま)の麓に、上賀茂神社こと賀茂別雷神社(かもわけいかずちじんじゃ)が鎮座する。賀茂別雷神社の歴史は極めて古く、京都盆地の北部を治めていた古代の有力豪族、賀茂氏の氏神を祀る神社として創建され、平安京遷都後は賀茂別雷神社から分社された下鴨神社こと賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)と共に、朝廷や貴族の庇護の元に発展して広大な社領を有していた。その賀茂別雷神社の門前には、神社に仕える神職の屋敷、すなわち社家が並んでいる。まとまった規模の社家が残る町並みは非常に少なく、特に貴重な社家町の例として、明神川沿いを中心とするその一帯が1988年に重要伝統的建造物群保存地区に選定された。 賀茂別雷神社の境内を緩やかに流れる楢(なら)の小川は、境内から出た途端に明神川へと名を変える。その清らかな流れに沿って、美しい色合いの土塀が続き、立派な構えの門や苔むした橋が点々と連なる一角、上賀茂の社家町である。その一帯に賀茂別雷神社の神職が居を構え、社家町として成立したのは室町時代の事だ。最盛期には300件ほどの社家が存在していたという。江戸時代に入ると、社家のみならず農家も増え、社家と農家が混在する特異な町並みとなった。明治時代にはさらに郊外農村としての性格が強まり、また神職の世襲禁止により社家は減ってしまったものの、それでも今なお20件ほどの社家が残っており、極めて独自性の高い町並みを形成している。 それら社家の主屋は、通常の住居建築とは一味違う、社家特有の建築となっている。桟瓦葺き切妻屋根の平屋を基本とし、その正面には客を迎え入れる為の正式な玄関である式台と、家の者が出入りする為の大戸が設けられている。その外観や内部の間取りは武家住宅に近いものであるが、妻飾りとして寺院建築に見られるような懸魚(げぎょ)や豕扠首(いのこさす)が付けられている所などに、社家住宅ならではの特徴が見られる。なお、懸魚とは破風板(切妻屋根の妻側に付けられる隠し板)に吊り下げられる装飾、豕扠首とは、切妻屋根の妻側に、合掌形に組んだ材の中間に束(つか)を立てる装飾で、いずれも住居建築にはあまり見られないものである。 明神川は、賀茂別雷神社から流れ出る神聖な川であると共に、社家町の人々が利用する用水路でもあった。その水は石垣の下部に設けられた取水口より敷地内部へ取り込まれ、庭園の水や生活用水などとして用いられてきたのだ。庭園内を循環した水はそのまま明神川へと還され、また洗濯や洗物などに利用された汚水は決して川に戻さず、屋敷内に掘った水口(すいくち)と呼ばれる下水処理専用の井戸へと流す方法が各家で採られてきたと言う。そのようなルールを各社家が遵守する事で、明神川の清浄な流れは保たれてきたのだ。なお、この明神川の水は社家町を流れ過ぎた後に、近隣農家の農業用水としても利用され、地域の田畑を潤していたという。 そのような明神川を利用した水利形態の様子は、数ある上賀茂の社家の中でも特に錦部(にしごり)家旧宅(西村家別邸)に状態良く保存されている。敷地の北側、明神川沿いに残る庭園は、平安時代末期の養和元年(1181年)、賀茂別雷神社の神主であった藤木重保(ふじきしげやす)が作庭したと伝えられている。現存する家屋は明治時代中期から後期にかけて建てられた別荘建築であり、社家の住宅とは趣を異にしているものの、神山に連なる山々を借景とし、神山の降臨石を模した石組が配されるその庭園は、社家庭園の特徴を良く留めており、非常に貴重である。また池の脇には、神事の前に体を清める禊の井戸が残されており、往時の神官達の生活が垣間見れる。 各社家の庭園に茂る緑の木々は、土塀の上から敷地の外へと顔を出し、明神川沿いの景観に色と風情を添えている。またその通りには、社家のみならず町家も数件残されており、社家の町並みのアクセントとなっている。その町並みの中心を担うのは、物理的にも、精神的にも、やはり浄なる水を湛えた明神川、その流れである。神域と生活圏、聖と俗をつなぐ明神川は、上賀茂の社家町にとって非常に大きな意味を持つ存在であった。それを示すかのように、明神川が曲がるその一角には、明神川の鎮守である藤木社が祀られている。樹齢500年の楠を神木とするその小さな社からは、社家町上賀茂における明神川の重要性と、それに対する信仰心を伺い知ることができる。 2007年02月訪問
2010年09月再訪問
【アクセス】
「京都駅」から京都市バス4系統で約45分、「上賀茂神社前」下車、徒歩約5分。 「京都駅」から京都市バス快速9系統で約35分、「上賀茂御薗橋」下車、徒歩約5分。 (いずれも渋滞の可能性がある為、余裕を持った方が良い)。 【拝観情報】
町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。 ・賀茂別雷神社本殿、権殿(国宝建造物) Tweet |