京都市嵯峨鳥居本

―京都市嵯峨鳥居本―
きょうとしさがとりいもと

京都府京都市
重要伝統的建造物群保存地区 1979年選定 約2.6ヘクタール


 京都盆地の北西端、平安時代から皇族や貴族の狩猟、遊興の場として開け、古今和歌集や源氏物語、平家物語にも綴られてきた嵯峨野の地。そこにそびえる愛宕山の頂には、比叡山延暦寺と並び称されてきた愛宕神社が鎮座する。嵯峨釈迦堂こと清涼寺から愛宕神社へと至る道は愛宕街道と呼ばれ、江戸時代中期から明治時代、大正時代にかけて数多くの参詣者が愛宕山を目指して歩いたという。その愛宕街道の途上、八体の地蔵尊が並ぶ三叉路から愛宕神社一之鳥居にかけて連なる約600メートルの範囲には、江戸時代後期から明治時代にかけて建てられた家屋が緩やかな勾配の坂道に沿って建ち並び、今もなお良好に維持された門前町の景観を目にする事ができる。




嵯峨鳥居本の町並み
左の石段は化野念仏寺の参道であるく

 愛宕神社の歴史は古く、大宝年間(710〜704年)に修験道の開祖である役小角(えんのおづぬ)と白山の開山である泰澄(たいちょう)が、朝廷の許可を得て創建したと伝わる。その後は神仏習合の山岳霊場として栄えたが、明治時代の神仏分離令によって仏教要素が廃された。その若宮には火の神であるカグツチノミコトが祀られている事から、古くより火伏の神社として人々の信仰を集めてきたのだ。その麓に位置する嵯峨鳥居本は、元は室町時代末期に農業や林業、川漁業を営む人々の集落として開かれたという。江戸時代中期に愛宕詣が盛んになると愛宕神社の門前町としての性格が加わり、江戸時代末期にはそれまでの農家や町家の他、茶屋なども建ち並ぶようになった。




上地区と下地区の境に位置する「曲がり中門造」の家屋
屋根は茅葺の農家風、正面の意匠は町屋風だ

 嵯峨鳥居本の町並みは、そのちょうど中間に位置する化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)付近を境に景観ががらりと変化するのが特徴的だ。市街地に近い下地区には桟瓦葺屋根の町屋風家屋が建ち並び、一之鳥居に近い上地区では茅葺屋根の農家風家屋が多くなる。このような極端な変化を見せる町並みは全国的にも珍しく、貴重な存在と言えよう。町屋風家屋と農家風家屋が混在する嵯峨鳥居本の町並みは、元は農林村であった集落が門前町の機能を有するようになったという歴史的背景を基に形成されたもので、屋敷に植えられた樹木や生垣、左右に迫る山々などといった周囲の自然環境と相まって、洛中には見られない郊外ならではの素朴な風情を見せる。




下地区に建ち並ぶ町屋風の家屋

 下地区に見られる町屋風家屋は、町屋とはいえ洛中の京町屋とは異なる特徴を有している。それらは二階部分の天井が低く、虫籠窓(むしこまど)を開く厨子二階(つしにかい)であり、また表には京格子をはめ、その手前にはたたむ事が可能な商品の陳列棚である「ばったり床几(しょうぎ)」を設け、荷物を運ぶ牛馬を繋ぎ止めておく「駒寄(こまよせ)」も備えるなど、京町屋に似た様相を呈してはいるものの、京町屋よりも主屋の間口が広く、また庇が深く、格子も太めとなっている。その内部は農家建築の間取りである田の字状に部屋が配された「四つ間取り」を基本とし、土間も広く取られているなど、あくまでも農家の建築をベースに建てられた”町屋風”の建築である事が分かる。




上地区の一之鳥居近くには、茅葺屋根の農家風家屋が連なる

 上地区に建ち並ぶ農家風家屋は、茅葺屋根の入母屋造、もしくは片側を入母屋造をし、もう片側を切妻造とする片入母屋造であり、庇は瓦で葺いている。町屋風家屋と同様、こちらもまた間口は広い。上地区の中でも特に一之鳥居前には、これらの農家風家屋が一直線に林立しており、苔むして緑がかった茅葺屋根に、土蔵の白壁や鳥居の朱が栄え、背後の山々と調和した美しい風情を醸している。また嵯峨鳥居本重伝建の中間地点に位置する化野念仏寺の近くには、茅葺屋根の主屋をL字型に連結させた「曲がり中門造」の家屋が見られるが、これは下地区に見られる町屋風家屋と、上地区に見られる農家風家屋の両方の特徴を併せ持つ、まさに中間の建築と言える。




石塔がびっしり並ぶ化野念仏寺の境内

 都の果てに位置する嵯峨鳥居本は、古くは化野(あだしの)と呼ばれていた。「あだし」とは「はかない」、もしくは「むなしい」という意味であり、この地は古来より死者の埋葬地として故人との離別を悲しんだ地であったという。上地区と下地区の境に位置する化野念仏寺は、平安時代に弘法大師空海が風葬で野ざらしになっていた遺骸を弔った事に始まるとされる仏教寺院であり、鎌倉時代の初頭には浄土宗の開祖である法然が念仏道場に改めたという。その境内には8000を超える数の石塔や石仏が祀られており、他に類を見ない特異な景観を作り出している。これらの石塔は、明治時代に化野の各地から掘り出された無縁仏を集め、供養したものである。

2007年02月訪問
2011年02月再訪問




【アクセス】

「京都駅」より京都バス72系統「清滝行き」で約50分、「鳥居本バス停」下車、徒歩約5分。

阪急電鉄京都本線「四条河原町駅」より京都バス62系統「清滝行き」で約50分、「鳥居本バス停」下車、徒歩約5分。

JR山陰本線「嵯峨嵐山駅」、または京福電鉄「嵐山駅」より京都バス62系統または72系統「清滝行き」で約10分、「鳥居本バス停」下車、徒歩約5分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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