呉市豊町御手洗

―呉市豊町御手洗―
くれしゆたかまちみたらい

広島県呉市
重要伝統的建造物群保存地区 1994年選定 約6.9ヘクタール


 瀬戸内海のほぼ中央、数多くの島嶼が散らばる芸予諸島(げいよしょとう)に位置する大崎下島(おおさきしもじま)。その東端に存在する港湾集落が、御手洗である。江戸時代、大阪から北陸、東北へと向かう北前船の寄港地として発達した御手洗は、海運流通の興隆と共に物資の集散地として、または船乗りたちが羽を休める歓楽街として大いに賑わった。明治時代に入ると、鉄道などの陸運発達に伴い、港町としての役割は薄れてしまったものの、以降も昭和初期に至るまで、御手洗は瀬戸内の花町として栄えていたという。今でも御手洗の集落には、江戸時代に築かれた港湾遺構と共に、豪奢で華やかな在りし日の町並みが、時代に取り残されたかのように現存している。




御手洗の集落と、大崎下島周辺の島々

 江戸時代に入ると、大阪から瀬戸内海を経由して関門海峡を回り、対馬海流に乗って北陸、東北へと至る航路が開発された。いわゆる北前船である。それにより、瀬戸内海を行き交う船は著しく増加した。なお、江戸時代中頃に至るまで、瀬戸内海における航路は陸地沿岸をたどる「地乗り」が一般的であった。しかしながら、造船や航海の技術が進むにつれて、航海日数がより短く済む、沖合いの最短距離を突っ切る「沖乗り」の航路が利用されるようになる。そして瀬戸内海の中心部に位置する御手洗は、この「沖乗り」において、潮や風の向きが航海に有利な方向へ変わるのを待つ、潮待ち、風待ちの停泊地として、北前船を始めとする船舶に利用されるようになったのだ。




御手洗の代表的町並みである、常盤町通りの妻入町家群

 江戸時代初期には無住であった御手洗の地は、沖乗りの船が増えると共に近隣集落より人々が移り住み、港が整備され、町として成長していった。集落内には数多くの路地が巡らされているが、その通りごとに並ぶ建物の傾向が異なっており、受ける印象もそれぞれ違ったものとなっている。特に御手洗の目抜き通りとも言える常盤町通りには、江戸時代に建てられた本瓦葺き、白漆喰塗りの町家が軒を連ね、壮観である。それらの多くが妻入であるが為、間口が狭く、土地の少ない島ならではの密集した町並みとなっているが、二階部分に庇の付いた大きな窓が設けられ、また一階部分には半間突き出しの格子が入れられているなど、堂々かつ繊細な、独特の風情を持つ町並みとなっている。




極めて立派な構えを見せる若胡子屋(わかえびすや)

 御手洗に残る建造物の中でも特に目を引くのが、かつて茶屋として隆盛を極めた若胡子屋である。潮待ちの港として栄えた御手洗には、若胡子屋を含む四軒の茶屋が、広島藩の許可を得て営業していた。その四件のうちの代表格である若胡子屋は、非常に立派な構えを持った妻入の建物であり、内部には屋久杉を贅沢に使用した座敷や、庭園などが設けられている。これらの茶屋はそれぞれ数多くの遊女を抱え、北前船などの船員の他、四国、九州の諸大名が参勤交代の際に利用したり、江戸から帰るオランダ商館員なども訪れていたという。また沖合いに停泊している船へは、遊女を乗せた「おちょろ船」と呼ばれる小舟が盛んに出て、客を取る光景が見られたという。




ブルーの下見板張りが鮮やかな、洋館建築の越智医院

 昭和初期まで遊興の地として栄えていた御手洗には、カラフルな色でペイントされた、下見板張りの洋風建築も数多く残されており、伝統的な町家の中にモダンな風情を見ることができる。集落の中心部に残る「乙女座」は、昭和12年に建てられたという芝居小屋だ。その洗練された意匠と淡い桃色の落ち着いた色彩は、御手洗の町並みにアクセントを添えている。また、乙女座と同じ通りには、新光時計店という非常に古い歴史を持つ時計店がある。その創業は安政5年(1858年)と幕末までに遡り、日本最古の時計店として全国的にその名が知られている。国内、国外問わず、いかなる時計をも修理する店として、各地より修理の依頼が殺到しているのだという。




江戸時代からの港湾遺構である、千砂子波止(ちさごはと)

 潮待ち、風待ちの港町として発展した御手洗には、江戸時代からの町並みのみならず、その当時に築かれた、昔ながらの港湾遺構もまた良好に残されている。千砂子波止と呼ばれる波止場には、潮の満ち引きに関わらず船を陸に上げる為の、階段状の揚場である雁木(がんぎ)が造られ、またその周囲には、港を波から守る石積みの突堤や、灯台としての役割を持つ高燈籠なども設けられている。また、波止場に沿った海沿いには、かつては船宿と呼ばれる船問屋が並んでおり、今もなおその名残を留めている。これら千砂子波止の一帯は、多くの北前船で賑わった、往時の御手洗の様子を今に伝えるものとして、極めて貴重な遺構であると言える。

2010年05月訪問




【アクセス】

「竹原港」よりしまなみ海運高速船「大長行き」で約45分、「大長港」下船、徒歩約30分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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