萩市浜崎

―萩市浜崎―
はぎしはまざき

山口県萩市
重要伝統的建造物群保存地区 2001年選定 約10.3ヘクタール


 山口県北部を流れる阿武川(あぶがわ)は、河口付近で橋本川と松本川に分岐した後、日本海へと流れ出る。萩は、それら二本の川が作り出す、三角州に拓かれた町である。江戸時代の黎明期、所領を西中国八ヶ国から二ヶ国に減封された毛利氏が、その三角州の北西端に突き出た指月山(しづきやま)の袂に萩城を築いて以降、萩は36万石の城下町として大々的に発展した。明治時代以降も極端な開発に晒される事無く現在に至った事から、萩には今もなお、藩政時代の町割りが良好に残されている。そのうち三角州の北東端に位置する浜崎地区は、松本川の河口に開かれた港を中心に発展した港町であり、数多くの町家が建ち並ぶ、往時の面影を残した町並みを見ることができる。




武家町が有名な萩の、別の一面が見れる浜崎地区

 萩の町並みといえば、かつての萩城三の丸であった堀内地区や、その南に面した平安古(ひやこ)地区に残る武家町、または堀内地区の東側、桂小五郎という名で知られる木戸孝允(きどたかよし)の旧宅や、高杉晋作(たかすぎしんさく)の旧宅などが集まる城東地区が有名であるが、しかしそれらはあくまで萩城の城下町として、江戸時代以降に形成されたものである。浜崎地区の歴史はそれらよりも古く、萩城が築城される以前より存在していた港町をルーツに持つ。江戸時代以降は城下町の一部として発展し、町筋沿いに立派な商家が建ち並んだ。このように、萩は地域ごとに異なる特色を持っており、その町全体で城下町としての機能や役割を体感できる、貴重な城下町である。




繊細な格子が美しい

 浜崎地区が江戸時代以降に栄えた訳は、萩が城下町となった事のみならず、大阪から下関を経て北陸へと向かう西回り航路が開発され、そこを行く北前船の寄港地になった事も大きい。浜崎港は水産物の水揚げ場であると共に、北前船の停泊場としても栄えたのだ。通りには廻船問屋や船宿が建ち並び、また海産物の加工業や卸業者なども集まって、港を背景とする商家町が形成された。江戸時代の後期には、北前船の大型化により、水深の浅い浜崎港に寄る船が減り、また明治時代には陸上交通の発達により北前船自体が消えてしまったものの、海産物の水揚げは依然活発で、また萩の武家屋敷跡で栽培された夏蜜柑などの交易も盛んとなり、その賑わいが途絶える事は無かった。




二階の建ちが低い、厨子二階(つしにかい)の町家も多い

 萩城下の多くがそうであるように、浜崎地区にもまた藩政時代の町割がそのまま残されている。松本川の河口に突き出た、三角形状の土地の頂点東に浜崎港は位置し、その三角形を縦に割るように通りが抜ける。現在は周囲が埋め立てられてはいるものの、重伝建に選定された範囲は、かつての三角形をなぞった区域だ。そこには、江戸時代末期から昭和初期にかけての建造物が130棟ほど現存しており、浜崎がいかに栄えてきたかが良く分かる。また、町の中心部に鎮座する、万治2年(1659年)に勧請された住吉神社には、藩主が船に乗る時や、新船が進水する際などに、船型の山車の上で唄われた、お船謡(おふなうた)が伝承されており、城下の港としての歴史を語り継いでいる。




白壁になまこ壁が良く映える、旧山村家住宅の側面

 浜崎地区の町家は、切妻造平入が一般的だ。その二階部分は塗籠めで、虫籠窓(むしこまど)が見られる家も多く、また古いものでは二階の軒が極めて低く作られた、厨子二階のものも残っている。一階部分は利便の為の改造が施されている場合が多いが、格子戸や蔀戸(しとみど)、大戸(おおど)などがはめられている家も多く、萩の他の町並みとは一味違った、町人町ならではの趣を見る事ができる。なお、浜崎地区の北寄りには、大規模商家であった旧山村家住宅が存在する。外観は黒漆喰の塗籠め、内部は店舗と住居を分け、住居の入口を敷地内の中庭に設けるという表屋造(おもてやづくり)の様式だが、これは京都や大阪には多いものの、萩では非常に珍しい。




浜崎地区に残る、旧萩藩御船倉

 旧山村家住宅のすぐ近くには、藩主が乗る御座船(ござぶね)など、藩の船を格納していたドック、御船蔵(おふなぐら)が現存しており、国の史跡に指定されている。この御船蔵は、両側面と奥の三方を玄武岩の石積みで囲んで壁とし、上部に本瓦葺きの屋根を掛け、前面には木製扉が設けられているという立派なもので、萩城の築城と同時期に作られたと考えられている。かつては4棟が存在していたが、そのうち3棟は後の時代に解体され、現在は1棟が残るのみ。現存する唯一の御船蔵として知られている。現在、御船蔵の前は住宅街になっているものの、かつては御船蔵の前まで海が迫っており、御船蔵から海へ、直接船を出し入れする事ができたという。

2010年10月訪問




【アクセス】

JR山陰本線「東萩駅」から徒歩約15分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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