室戸市吉良川町

―室戸市吉良川町―
むろとしきらがわちょう

高知県室戸市
重要伝統的建造物群保存地区 1997年選定 約18.3ヘクタール


 高知県東部の海岸線に沿って、高知と徳島を室戸岬経由で結ぶ土佐浜街道(土佐東街道)。その道中、室戸岬の北西約16キロメートルの地点に位置する吉良川町は、林業が盛んであった地域にあり、古くから木材の産地として知られていた。明治時代から昭和初期にかけては、木炭の生産と流通で大いに栄え、財を成した在郷町である。その旧街道沿いに建ち並ぶ商家の主屋や蔵には、厚く塗られた土佐漆喰の壁に、何段にも重ねられた水切り瓦が備えられ、また山側に建つ家々は「いしぐろ」と呼ばれる風除けの石垣で敷地を囲んでいるなど、日本有数の多雨地帯にあたる土佐ならではの様々な工夫が見られ、極めて独自性の高い、地方色豊かな町並みを作り出している。




吉良川町浜地区の町並み

 戦国時代、現在の吉良川の町並み東にそびえる山の麓には、この地を治めていた安岡氏の居城、吉良川城が存在していた。後に長宗我部(ちょうそかべ)氏に攻められ、安岡氏はそれに降伏したものの、それでもある程度の身分は認められ、江戸時代に山内一豊(やまうちかずとよ)が土佐藩主となってからも、安岡氏は吉良川の庄屋を務めていたという。その後、戦国時代に土佐安芸を治めていた安芸氏の家臣の子孫にあたる田中家が吉良川の庄屋になってからは、安岡家は代々年寄りとして吉良川の重役を担っていった。なお、吉良川は海に面していながら良港には恵まれてはおらず、その産業は主に林業であり、街道沿いの在郷町としての性格が強かったという。




明治24年(1891年)に建てられたという、商家の細木隆昌家住宅

 吉良川が多大な繁栄を見せたのは、明治時代から昭和初期にかけての事である。明治時代に入ると、薪に代わって木炭が燃料として広く用いられるようになり、その需要は急激に増加した。元々林業が盛んであった吉良川町においても、明治10年頃より木炭の生産が始められ、吉良川はその集散と流通で賑わったのだ。特に大正時代には製炭技術が向上し、原料のウバメガシを高温で焼き上げた白炭と呼ばれる良質の木炭が生産されるようになった。それらの白炭は、火力が強くて長持ちする「土佐備長炭」として珍重されたという。吉良川の街道沿いには、木炭を扱う問屋や、それらを船で大阪へと運搬する廻船問屋が建ち並び、その交易によって吉良川の人々は財を築いたという。




上方から運ばれてきた煉瓦で建てられた家も残る

 吉良川に残る町並みは、旧街道沿いの浜地区と、山側に位置する丘地区の二地区に分ける事ができる。そのうち浜地区では通りに沿って、間口が狭く奥行きの深い、短冊状に区画された町家が連なっており、そこにはかつての木炭問屋や、廻船問屋であった豪邸なども多々見る事ができる。それらの建造物は、木炭の生産が盛んであった明治時代から大正時代に建てられたものがほとんどだ。また、木炭を搬出した船は、帰りに上方の物資を積んで戻ってきた。同時に上方の各種技術や文化もまたもたらされ、浜地区の町並みにはそれらの影響も強く現れている。主屋の側面に煉瓦を用いた瀟洒な家屋も何棟か見られるが、その煉瓦もまた阪神方面より運ばれてきたものなのである。




なまこ壁と水切り瓦が目を引く土蔵

 吉良川町が存在する室戸岬一帯は、台風銀座と称される程に台風が頻繁に通り抜ける豪雨地帯である。その為、吉良川の町並みにおいては、強烈な風雨から家屋を守る為の工夫を多々見る事ができる。その代表的なものが土佐漆喰と水切り瓦だ。土佐漆喰とは、消石灰にネズサ(発酵させた藁すさ)を混ぜて強度を増した漆喰で、普通の漆喰に用いられる糊の類は含まれていない。それ故、糊の成分が溶け出す事が無く、雨への耐性が強い漆喰となっている。その土佐漆喰を厚く塗られた壁面に、まるで刃のように何段にも設けられた水切り瓦は、白壁に直接雨がかかるのを防ぎ、漆喰の寿命を延ばす為のものである。この水切り瓦の段数は、その家の富を示すその象徴でもあった。




堅固に積まれた丘地区の「いしぐろ」

 短冊状の町家が連なる浜地区に対し、丘地区には正方形に近い敷地を持つ農家風の家屋が並んでいる。その地割りは、江戸時代中期頃に形成された当時のものだ。より高所に位置する丘地区では吹き付ける雨風も殊更強く、敷地の周囲に「いしぐろ」と呼ばれる石垣を積んで、暴風から家屋を保護している。「いしぐろ」は、海岸や川原から運搬してきた丸石を用いており、その積み方も多種多様。家ごとに異なった趣が見られ、あるものは大き目の石を布積みにし、あるものは半分に割った玉石の小口を揃えて表に見せるなど、それぞれに工夫と美意識を見出す事ができる。また、丘地区では所々に共同井戸が存在するが、これは水を得にくい高所においての、住民たちの知恵である。

2010年10月訪問
2011年05月再訪問




【アクセス】

土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線「奈半利駅」より高知東部交通バス「ディープシーワールド行き」または「甲浦行き」で約20分、「吉良川学校前バス停」下車、徒歩約5分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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