蘭島及び三田・清水の農山村景観

―蘭島及び三田・清水の農山村景観―
あらぎじまおよびみた・しみずののうさんそんけいかん

和歌山県有田郡有田川町
重要文化的景観 2013年選定


 高野山系に端を発し、和歌山県中部を横断して紀伊水道へと流れる有田川。その上流域にあたる有田川町の清水地区では、穿入蛇行する有田川が作り出した河岸段丘に水田が拓かれ、稲作を中心とする人々の生活が営まれてきた。特に三田集落の辺りにおいては有田川が大きなカーブを描いて湾曲し、まるで扇のような舌状の段丘地形が形成されている。蘭島(あらぎじま)と呼ばれるその土地には大小54枚の棚田が築かれており、他に類を見ない、極めて特異な棚田の景観を目にする事ができる。農林水産省の「日本の棚田百選」にも選ばれたこの蘭島を中心として、その周囲に広がる水田や集落、里山を含む、約110.7ヘクタールの範囲が重要文化的景観に選定された。




蘭島の棚田は傾斜が緩く、法面(のりめん)は石垣と土坡が混在している

 清水地区を含む有田川の上流域は、中世より阿弖川荘(あてのがわしょう)という名の荘園として拓かれていた。鎌倉時代には阿弖川荘を管理する地頭、湯浅宗親(ゆあさむねちか)と領主である京都の寂楽寺が対立。荘園の百姓たちが寂楽寺に提出した「紀伊国阿弖河荘上村百姓等申状(高野山文書の一部として国宝指定)」には宗親が働いたとされる非道な仕打ちが片仮名で記されており、地頭と百姓の関係を示す史料として広く知られている。また清水地区は高野参詣道と龍神街道が合流する地点でもあり、蘭島の周囲を囲む山の上には小峠城、紅葉山城、西原城などの中世山城が密集するなど、この地が交通や軍事の要衝として機能していた事が分かる。




上湯からの水が流れる蘭島内の水路

 蘭島を含め、清水地区で今に見られる水田が築かれたのは江戸時代前期の事だ。明暦元年(1655年)、清水の大庄屋を務めていた笠松左太夫(かさまつさたゆう)が私財を投じて村人たちと灌漑水路を開削し、新田を拓いた。開発の過程や時期が明確な棚田は全国的にも少なく貴重である。この水路は「上湯(うわゆ)」と呼ばれ、有田川の支流である湯川川に堰を設けて取水しており、その末端は蘭島まで全長約3キロメートルに及んでいる。その管理は「田人(たど)」という水利組合によってなされていた。田人は上湯の補修や維持を行うと共に、「湯山」と呼ばれる共有林を管理し、そこから切り出した木材により堰を修理したり、木材を売却する事で上湯の管理費を賄っていたという。




蘭島から有田川を隔てた東隣り、小峠集落と棚田
左奥には三田集落が見える

 上湯は現在も築造当時と同じ経路で機能しており、またその維持管理も以前と変わらず共同で行われている。水田の土地利用も大きくは変わっておらず、特に蘭島はその特異な景観もあって、開墾当初からの地形がほぼそのまま今に残されている。上湯からそれぞれの田へと引き入れられた水は、上の田から下の田へと水を流す「田越し」によって分配されるなど、伝統的な水利慣行も良好に受け継がれている。集落の形態もまた水源の有り様に強く依存しており、谷水が豊かで利水の便が良い三田集落は家屋がまばらに散在しているのに対し、吹き水(湧水)に依存している西原(にしのはら)集落では家屋が密集して建っている傾向にある。




斜面の狭隘な土地に、家屋を巧みに配する小峠集落
上湯の開削と同時期に形成された小峠は、紙漉き職人の集落であった

 平地が少ない清水地区の界隈では、集落背後の傾斜地も山畑として利用されていた。茶やぶどう山椒の木、繊維を取る棕櫚(シュロ)、そして和紙の原料となる姫楮(ヒメコウゾ)などが植えられ、特に清水で生産される和紙は保田紙(やすだがみ)として知られ、和傘や団扇などに用いられてきた。この紙漉きの技術を清水の地に導入したのもまた笠松左太夫だ。紀州徳川家の初代藩主、徳川頼宣(とくがわよしのぶ)は和歌山藩内での製紙を求めた。藩主から命を受けた左太夫は吉野紙の生産地である吉野に赴くが、技術の伝授を拒否されてしまう。そこで左太夫は村の美男子三人を吉野に向かわせた所、程なくして三人の工女を連れて帰り、紙漉きの技術を得たという逸話が語られている。




蘭島の南側、西原集落に広がる水田

 有田川の上流域は降雨量の多い地域である為、急傾斜の茅葺屋根が多く見られる。しかし現在、蘭島の周辺においてはトタンで覆われたものが僅かに残るのみだ。傾斜地が多い為に土地が狭く、各家の敷地は建物の機能ごとに棟を分ける分棟形式を採っている。主家を中心としながらその周囲に紙漉き小屋や納屋、土蔵などの付属家を配し、またそれら建物の間は楮の集積場や紙干し場などとして用いられるなど、生業の作業場と一体化した移住空間となっている。各集落では信仰儀礼も盛んであり、毎年11月に行われる「亥の子」や、節分に行われる「鬼追いドンド」など、数多くの風習が継承されている。また集落の神社や仏堂でも、様々な行事が執り行われるという。

2010年08月訪問




【アクセス】

JR紀勢本線「藤並駅」より有田鉄道バス「清水・花園方面行き」で約60分、「三田」バス停下車、展望台まで徒歩約5分(バスの本数が少ないので要時刻表確認)。

【拝観情報】

散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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