大沢・上大沢の間垣集落景観

―大沢・上大沢の間垣集落景観―
おおざわ・かみおおざわのまがきしゅうらくけいかん

石川県輪島市
重要文化的景観 2015年選定


 日本海にくの字状に突き出た能登半島のうち、日本海側に面した沿岸の地域は外浦と呼ばれている。外浦の中でも特に地形が急峻な北西部の端に「大沢」と「上大沢」の二つの集落が存在する。いずれも海に面した入江に位置しており、北を除く三方を山に囲まれていることから、冬には猛烈な北風が海から吹きつける厳しい環境にある。そのため集落の外周部には高さ4〜5メートルの細いニガタケ(メダケ)を垂直に立てた「間垣」と呼ばれる防風壁が築かれており、波風から集落を守っている。その伝統的な垣根が連なる光景は極めてユニークなものであることから、大沢・上大沢の両集落および背後の耕作地、里山を含む1490.8haの範囲が重要文化的景観に選定されている。




半円形の小弯に家屋が密集している大沢集落

 大沢・上大沢の両集落は、平安時代以降は舟運で発展した臨海荘園の志津良荘(しつらのしょう)に属していた。輪島の小屋湊(おやのみなと)が主要港として発展すると、両集落はそれを支えるべく海運業を主体とするようになる。室町時代の永和5年(1379年)には武蔵七党の末裔である弥郡(いやごおり)氏が地頭として入り、両集落を統治した。その後に大沢集落は荘園から独立し、前田利家に付き従う筒井氏が治めるようになる。近世には加賀藩に組み込まれ、大沢村は漁業と海運業を生業としたものの、上大沢は漁業権が認められていなかったという。近代になると、大沢集落は輪島塗漆器の原型となる椀木地「アラカタ」の生産、上大沢集落は木材等の卸売業を中心に生計を立てていった。




大沢集落の路地風景
能登特有の光沢ある黒瓦に下見板張りの外壁で統一されている

 二つの集落のうち東に位置する大沢は小湾に面しており、桶滝川によって形成された沖積層および河岸段丘、海岸段丘の上に約90戸が密集している。耕作地は広範囲に渡っており、静浦神社の裏手に位置する「ミヤノウエ」や、南東の傾斜地にある「ホサソ」、農道が整備されている「ヤサカシタ」、桶滝川支流の谷坂川沿いにある「オクヤマ」「タンザカ」「ゴマイダ」といった集落からアクセスしやすい耕作地は現在も利用されているが、桶滝川上流域にある「ホサソ」や集落西の尾根を越えた先にある「サキヤマ」といった不便な土地は耕作放棄地が多くなっている。なお桶滝川には「桶滝」を始めとする滝が七つあり、明治15年(1882年)の『能登地誌略』にも「七瀬瀑」として紹介されている。




背後に切り立った山と西二又川の間に家が連なる上大沢集落
間垣の内側にはヨノミの木が植えられている

 上大沢は入江奥の砂浜であるマエハマから西二又川に沿った狭い土地に約20戸が建ち並んでいる。集落の背後には断崖が迫っており、険しい地形は刑部岬へと続いていく。上大沢集落には間垣に加えて防風林としてヨノミの木が植えられているのが特徴的だ。耕作地は谷間の平坦な土地にある「ハマダ」の水田、および山の上の傾斜地である「ヤマダ」に棚田や段畑が開かれている。低地に広がるハマダには、時化などの際に水田を守るための堤が江戸時代末期に築かれている。かつては三重だったが、現在はかつて「ドヘ」と呼ばれていた「イシガラの土手」のみが残っている。水資源が少ないヤマダには溜池が複数設置され、農道も整備されているものの、一部に耕作放棄地が見られる。




上大沢における間垣と修理の風景
間垣の維持に費やされる作業労力は並大抵のものではない

 両集落の景観を特徴付けている「間垣」は、木材で組まれた骨格にニガタケを並べて築かれている。骨格は支柱と横材、支柱を斜めに支える補強材で構成されており、材質は里山で採取できるクリやアテ(ヒノキアスナロ)が一般的だ。アテは耐久性が高く湿気にも強いことから家屋の基礎や漆器の素地などにも用いられてきた。ニガタケは集落の周囲に群生しており、真っ直ぐに成長する上に枝葉は上部のみに茂り、細く強いという特徴から間垣に最適であった。並べられたニガタケを正面で押さえる部材のヨコブチは従来ニガタケを束ねたものが用いられ、フジヅルで結んで固定していた。しかし現在はヨコブチに角材やパイプを使ったり、フジヅルの代わりにロープや針金などを用いているものもある。




大沢集落の裏手に広がるホサソの風景
稲などの収穫物を干すための「イナハザ」が常設されている

 両集落に建ち並ぶ家屋のほとんどは能登特有の黒瓦葺き切妻屋根であり、外壁もアテの下見板張りで統一されている。間垣に囲まれた土地は狭く、家屋が密集することによって緊密な共有空間が形成されており、それが住民の共同意識を高めていることも間垣集落の特徴だといえる。特に上大沢集落は庭と路地の境がなく、より一層、集落全体の一体性を高めている。また集落の背後に連なる耕作地は総じて距離があるため行き来だけでも重労働であり、運搬の負担を少しでも軽減すべく、収穫した稲を十分乾燥させて軽量化するための干し架「イナハザ」が複数常設されているのも特徴的である。このイナハザに使われる木材もまた、クリやアテといった里山資源が用いられている。

2017年10月訪問




【アクセス】

輪島市街地から車で約20分。
輪島市観光協会にレンタサイクル(電動アシスト付き)あり。

【拝観情報】

散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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輪島市黒島地区(重要伝統的建造物群保存地区)

【参考文献】

・月刊文化財 平成27年9月(624号)
輪島の文化的景観 大沢・上大沢の間垣集落景観|輪島市
間垣の里づくり計画―能登・間垣の里 文化的景観保存計画―(PDF)