―海竜王寺五重小塔―
かいりゅうおうじごじゅうしょうとう
国宝 1951年指定 奈良県奈良市 奈良は平城京の東隣。その一帯にはかつて、奈良遷都時の権力者である藤原不比等(ふじわらのふひと)の邸宅が存在していた。不比等の死後は、娘の光明皇后(こうみょうこうごう)に受け継がれて皇后宮となったが、光明皇后は天平17年(745年)、その宮殿を官寺とし、それは後に国分尼寺の総本山である総国分尼寺、法華寺となった。海龍王寺は、その法華寺の東北隣に位置している。法華寺同様、海龍王寺もまた皇后宮の敷地内、こちらはその北東隅に建てられた事から、「隅寺」という名で呼ばれている。今でもその境内に建つ西金堂には、奈良時代に作られた五重小塔が安置されており、それは天平期の五重塔の意匠を伝える貴重な史料として、国宝指定を受けている。 海龍王寺の起源は、飛鳥時代に建てられた毘沙門天を祀る寺院を元として、天平3年(731年)に光明皇后の勅願を受け、海龍王寺と改められたのがその始まりであると伝わっている。実際、海龍王寺の境内からは、飛鳥時代に作られた古瓦が発見されており、その時代より既に何らかの寺院が存在していた事は確かであろう。海龍王寺の初代住職は、嵐の海を船で渡り、唐からの帰国を遂げた僧侶、玄ム(げんぼう)であり、海龍王寺という寺名もまた、嵐に揉まれる船の中、海龍王の加護を得る為に玄ムが唱えていた、海龍王経に由来するものだという。以降、海龍王寺は航海安全祈願の寺として信仰を集め、また玄ムが唐より持ち帰った一切経の写経道場として発達した。 海龍王寺は創建時に伽藍の整備がなされ、五重小塔もまたその時期に作られたと考えられている。当時の伽藍は、中金堂、東金堂、西金堂と、三つの金堂が建ち、回廊が中門から東西両金堂を囲うように伸びて中金堂の左右に達していた。また、東金堂、西金堂には五重小塔が一基ずつ安置され、対を成していたという。平安時代に入り、都が平安京に移ると海龍王寺は衰退してしまうが、鎌倉時代の僧侶である叡尊(えいそん)によって中興がなされ、荒廃した伽藍は修復された。室町時代になると戦火によって再び荒れたものの、江戸時代には幕府の援助を受け、存続していく。しかしながら、明治初期の廃仏毀釈によって被害を受け、東金堂を失うなどの痛手を負った。 かつての中金堂跡に建つ本堂の左手前には、五重小塔を安置する西金堂が建つ。この西金堂は創建当時から残る建物ではあるが、鎌倉時代の中興時に受けた修理により、多くの部材が取り替えられており、また奈良時代から残る古材も、別の部位に転用されているなど大改造を受けている。しかしながら、建物の位置や規模はそのままで、様式も創建当時のものを良く残しているという。西金堂の正面に位置する東金堂は、現在基壇のみとなってしまったが、その南隣には鎌倉時代に建てられた経蔵が現存している。巨大かつ緩やかな寄棟造の屋根に高床式と、古式を思わせる様相の倉庫だが、鎌倉時代に宋より伝わった、大仏様や禅宗様の影響も認められる。 西金堂に安置されている五重小塔は、相輪を含めた総高が約4.1メートルと、実物の塔の10分の1のスケールで作られた模型のような小塔である。海龍王寺は朝廷による保護を受けていた官寺であるのに、なぜ五重塔そのものではなく五重小塔が作られたのかというと、元々飛鳥時代からの寺院を整備した海龍王寺では、官寺としての伽藍を整えるに十分な広さが無かった為だと考えられる。同じく奈良時代の五重小塔としては元興寺の五重小塔があるが、そちらは実際の五重塔と同じ建築技法を用いて、一切の省略をせず作られているのに対し、海龍王寺のものは箱状に分けた各層を積み上げて形を作り、外側から組物を貼り付けているなど、建築技法は簡素化されている。 しかしながら、間近で拝まれるというその性格上、外観の意匠に関しては実物同様、非常に精巧に作られている。特に軒下の組物は、同じく奈良時代に建てられた薬師寺の三重塔と良く似ており、また屋根の勾配も緩く、高い逓減率(ていげんりつ)で上層ほどサイズが小さくなる点など、天平期の建築様式の特徴が表れている。奈良時代建造の五重塔は既に現存するものが無く、この海龍王寺五重小塔は元興寺五重小塔と共に、天平期の五重塔の姿をそのままに伝える希少な例として、奈良時代の建築を理解するに欠かせない史料である。ちなみに、五重小塔の内部には鎌倉時代の法華経が二巻納められていたが、これもまた五重小塔の附けたりとして国宝に指定されている。 2009年01月訪問
【アクセス】
JR「奈良駅」、近鉄奈良線「近鉄奈良駅」より奈良交通バス「大和西大寺駅行き」または「航空自衛隊前行き」乗車約15分、「法華寺前バス停」下車すぐ。 近鉄奈良線「大和西大寺駅」より奈良交通バス「JR奈良駅行き」または「白土町行き」乗車約10分、「法華寺前バス停」下車すぐ。 近鉄奈良線「新大宮駅」から徒歩約15分。 【拝観情報】
拝観料400円、拝観時間9時〜16時30分(8月12日〜17日、12月24日〜31日は休み)。 ・元興寺極楽坊五重小塔(国宝建造物) Tweet |