元興寺極楽坊本堂、元興寺極楽坊五重小塔禅室、元興寺極楽坊五重小塔五重小塔

―元興寺極楽坊本堂―
がんごうじごくらくぼうほんどう
国宝 1955年指定

―元興寺極楽坊禅室―
がんごうじごくらくぼうぜんしつ
国宝 1953年指定

―元興寺極楽坊五重小塔―
がんごうじごくらくぼうごじゅうしょうとう
国宝 1952年指定

奈良県奈良市


 奈良は興福寺の南に広がる旧市街、奈良町。江戸時代からの町家など、伝統建築が数多く並ぶその一帯は、かつて興福寺や東大寺などと並び、南都七大寺と称されるほどの大寺院であった、元興寺の境内地である。元興寺は飛鳥時代に蘇我馬子(そがのうまこ)が建立した、日本最古の仏教寺院である飛鳥寺を起源に持ち、奈良時代から平安時代中期にかけて発展。その当時の伽藍は、南大門、中門、金堂、講堂、鐘楼、食堂が南から北へ一直線に並び、金堂を取り囲むように中門から講堂へ回廊が渡されていたという。回廊の東側には、五重塔のそびえる東塔院が、西側にはミニチュアサイズの五重小塔が安置される小塔院が建ち、鐘楼の東西には僧房が並ぶ、壮大なものであった。




元興寺極楽坊本堂(右)と禅室(左奥)
左手前の巨大な礎石は元興寺講堂のものであったという

 しかしながら、元興寺は平安時代後期より衰退の途を辿り、特に室町時代の宝徳3年(1451年)に起きた土一揆においては、金堂などの主要伽藍を焼失。それをきっかけとして、東塔院は「元興寺観音堂」に、小塔院は「元興寺小塔院」に、そして僧房は改造が加えられて「元興寺極楽坊」に、それぞれ単独の寺院として分裂した。そしてこれら三ヶ寺以外の土地には町家が建てられ、かつての元興寺は奈良町の中に埋没してしまう。その後、江戸時代末期の安政6年(1859年)には、元興寺創建当時の遺構であった「元興寺観音堂」の観音堂と五重塔が火災で失われ、現在は極楽坊の本堂と禅室、加えて小塔院の本尊であった五重小塔のみが、在りし日の元興寺の遺構として今に伝わっている。




元興寺極楽坊本堂を正面から
桁行が六間と奇数であるため中央に柱が立つのが分かる

 極楽坊の本堂と禅室は、元は一続きの僧房であった。四棟存在した元興寺の僧房のうち、南東の東室南階大房(ひがしむろなんかいだいぼう)をベースとし、鎌倉時代前期の寛元2年(1244年)に大改造を施して建てられた。全十二室あった東室南階大房ののうち、七室分が転用されており、そのうち東三室を本堂に充て、西四室を禅室に充てている。それらの間には馬道があり、それは今でも本堂と禅室を分けている。なお、なぜ僧房が寺院に改造され、寺院として独立し得たのかというと、智光曼荼羅が存在していた為である。智光曼荼羅は、奈良時代の僧侶である智光(ちこう)が作らせた浄土変相図であり、平安時代末期以降に広まった浄土思想の元、多大なる信仰を集めたのだ。




本堂正面、通り庇の部分
和様を基調としながら、木鼻や貫など、大仏様の特徴も見られる

 元の僧房を内陣とし、それに外陣を加えて建てられた極楽坊の本堂は、寄棟造の妻入で、桁行六間、梁間六間という珍しい形式の仏堂である(偶数間だと中央に柱が立つ為、桁行は奇数間にするのが普通である)。入口は東向きだが、これは本尊が西方の極楽浄土を表現する智光曼荼羅であるが故、阿弥陀堂建築のスタイルを取る為だ。なお、オリジナルの智光曼荼羅は宝徳3年の土一揆で焼失しており、現存のものは複製である。和様を基本としながらも、木鼻や桟唐戸といった大仏様の特徴も見られ、また内陣の天井が禅宗様の鏡天井(凹凸の無い一枚の板で張られた天井)になっているなど、鎌倉時代に宋より伝わった、新しい建築技法が随所に垣間見れる、新和様建築の好例である。




元興寺禅室の軒下
直角に曲がる挿肘木(さしひじき)など、こちらも大仏様を取り入れている

 禅室もまた改造著しいが、平面は元の僧房のものを伝えており、古材も多くが再利用されている。本堂と同様、和様を基調としながら大仏様の技法も使われており、挿肘木や鼻隠板(はなかくしいた)といった、軒周りにその特徴を見る事ができる。また特筆すべき事柄として、これら極楽坊の本堂と禅室の屋根には、飛鳥時代の古瓦が残っているという点が挙げられる。飛鳥寺は、平城京遷都の際に移転して元興寺となったが、その際に飛鳥寺の建造物は解体され、元興寺諸堂の建材として利用されたのである。飛鳥時代の古瓦は上部が細くすぼんだ特異な形状をしており、それらを重ねた独特の瓦の葺き方は、行基葺(ぎょうきぶき)と呼ばれている。




飛鳥時代や奈良時代の古瓦が残る部分
赤茶色のものが、飛鳥寺から伝わった日本最古の瓦である

 現在、元興寺の収蔵庫にある五重小塔は、奈良時代に作られた高さ5.5メートルの小さな塔である。かつて元興寺の東塔院に建っていた五重塔の、10分の1スケールの模型とされ、小塔院の本尊として安置されていたと伝わるが、この五重小塔にまつわる史料は極めて少なく、そのいわれは不明な点が多い。屋内にあった為状態が良く、平安、鎌倉、江戸の各時代に修理がなされているものの、部材が取り替えられることもほとんど無く、奈良時代のものがそのまま残っている。同じく奈良時代に作られた五重小塔として、海龍王寺の五重小塔があるが、そちらは細部が省略されており、奈良時代の五重塔の構造を完全に伝えるものとして、元興寺の五重小塔は極めて貴重である。

2006年12月訪問
2010年04月再訪問




【アクセス】

近鉄奈良線「近鉄奈良駅」から徒歩約15分。
JR奈良線「奈良駅」から徒歩約20分。

【拝観情報】

拝観料400円、拝観時間9時〜17時(入場は14時30分まで)。

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