勧学院客殿、光浄院客殿

―勧学院客殿―
かんがくいんきゃくでん
国宝 1952年指定

―光浄院客殿―
こうじょういんきゃくでん
国宝 1952年指定

滋賀県大津市


 天台宗の高僧、智証大師(ちしょうだいし)こと円珍(えんちん)によって平安時代に再興された近江の古刹、長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)。それは天台宗寺門派の総本山として、天台宗山門派の比叡山延暦寺と対立しつつも、長きに渡り天台密教の中核を担ってきた大寺院だ。園城寺の創建は飛鳥時代にまで遡ると伝わっており、境内の中心部、金堂の脇には天智天皇、天武天皇、持統天皇の三代天皇が産湯につかったとされる井戸が湧く事から、御井寺転じて三井寺(みいでら)と呼ばれてきた。その境内には、今もなお数多くの子院が存在しているが、それらの中でも勧学院と光浄院には桃山時代の書院造を伝える客殿が現存し、そのいずれもが国宝に指定されている。




光浄院客殿の玄関

 桃山時代の文禄4年(1595年)、園城寺は豊臣秀吉によって闕所(けっしょ、寺域の没収)を命じられ、堂宇もそのほとんどが破却されてしまった。しかし秀吉は、死の直前に園城寺の闕所を解除、その後は秀吉の正妻であった北政所ことねねらによって再建が進められ、園城寺の子院である勧学院、光浄院、日光院の三ヶ寺には、要人を迎える為の客殿が建てられた。それらはそれぞれ用途が異なり、勧学院客殿は僧侶を、光浄院客殿は武士を、そして日光院客殿は皇族をもてなす為の施設であったという。ただし、このうち日光院は既に廃され、その客殿は現在東京の護国寺に移築されている。これらの客殿は、寝殿造から書院造へ至る、その過渡期にある書院造として貴重なものだ。




入母屋屋根の巨大な破風と、正門の軒唐破風が印象的だ

 園城寺金堂から参道を南に下り、村雲橋を渡ったその右手にたたずむ勧学院は、鎌倉時代末期の正和元年(1312年)に創建された園城寺の学問所である。勧学院客殿の建立は慶長5年(1600年)、豊臣秀頼(とよとみひでより)の命により、毛利輝元(もうりてるもと)が造営奉行として建てた事が、床板の銘文より判明している。その規模は桁行七間に、梁間七間。屋根は一重の入母屋造で杮(こけら)葺き。正面に軒唐破風を設けてその下に妻戸の正門を開き、左隣は連子窓、右側には蔀戸(しとみど)が連続するなど、平安時代の住宅建築である寝殿造の特徴が見られる。正面向かって左端、客殿の南東部分には中門廊(ちゅうもんろう)が付属するが、これもまた寝殿造の名残である。




園城寺金堂の裏手に位置する光浄院

 勧学院客殿の内部は三列八室から成り、主室は南西端の「一の間」で、その東隣に「二の間」が続いている。この南側二部屋が面会に使われる部屋であり、北の部屋ほど私的な空間となるのだ。「一の間」の正面には、壁一面に床(とこ)が設けられ、竿縁天井が垂直に交わる床挿(とこざし)となっている。一般的に、床挿は縁起が悪いとされるが、ここではそれが遠近感をより強め、「一の間」に座る人物を強調する効果をもたらしている。「一の間」と「二の間」には、狩野永徳(かのうえいとく)の長男である狩野光信(かのうみつのぶ)の障壁画(重要文化財)が描かれている。永徳の絵は、戦国武将好みの豪放なものであるのに対し、光信は緻密かつ遠近感のある、繊細なタッチが特徴的だ。




勧学院客殿と同様、光浄院客殿も外観は寝殿造の影響が強い

 園城寺金堂の裏手に位置する光浄院の客殿は、慶長6年(1601年)の建立である。その外観は勧学院客殿と瓜二つだが、内部の構成は若干異なっており、こちらは桁行七間に梁間六間、二列五室の構成とやや小さく建てられている。主室は南西の「一の間」で、南東の「二の間」に続くという点も勧学院と同じだが、光浄院では床のみならず違棚(ちがいだな)、帳台構(ちょうだいがまえ)、そして「上段の間」として付書院(つけしょいん)を備えた、書院造の定型というべきスタイルだ。これは、勧学院の客は僧侶、光浄院の客は武士という違いの為である。なお、一般的に帳台構は護衛が詰める武者隠しと同義だが、光浄院客殿の帳台構は宝物庫として使われていたと考えられている。




外観の建具は妻戸に蔀戸と、寝殿造そのものである

 光浄院の客は、武士とは言っても各国の大名クラスであり、客殿の全てはその客を中心として作られている。違棚は、客の人柄を演出する刀や書物を置く為、付書院は客がくつろぐ為のものだ。「一の間」及び「二の間」は、狩野山楽(かのうさんらく)による障壁画(重要文化財)で飾られている。特に「一の間」の大床には巨大な松と滝が描かれ、その水は左手の付書院の障壁画へと続き、そして付書院の奥に広がる庭園の池泉に流れ込むのである。障壁画と実際の庭園を一体化させた構図なのだ。その客殿南に広がる庭園は、付書院から眺めて最も映えるように設計されている。石橋の架かった亀島や浮石が配され、滝石が組まれた見事な庭園で、国の史跡及び名勝に指定されている。

2011年02月訪問




【アクセス】

京阪電鉄石山坂本線「三井寺駅」より徒歩約10分。

【拝観情報】

勧学院客殿、光浄院客殿共に往復はがきによる事前予約が必要。希望日の一週間前必着、予約は三名からで、拝観時間は9時30分〜15時30分。一人ごとに境内の通常拝観料500円と、各600円の特別拝観志納金が必要。

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