法起寺三重塔

―法起寺三重塔―
ほっきじさんじゅうのとう

奈良県生駒郡斑鳩町
国宝 1951年指定


 飛鳥時代に聖徳太子が移り住んだ斑鳩(いかるが)の里には、法隆寺をはじめ創建が飛鳥時代にまで遡る古代寺院が複数現存している。そのひとつである法起寺(現在の読みは「ほうきじ」文化財名は「ほっきじ」)には創建当初に築かれた三重塔が今もなお聳えており、法隆寺五重塔、法輪寺三重塔と共に斑鳩三塔と呼ばれ親しまれている。その高さは約24メートルと三重塔としては規模が大きく、建立年が明らかな日本最古の三重塔として極めて高い価値を有することから国宝に指定された。また平成5年(1993年)11月には境内が国の史跡に指定され、同年12月には『法隆寺地域の仏教建造物』の一部として法隆寺と共にユネスコの世界遺産リストに記載された。




境内の東に三重塔、西に聖天堂、北に講堂が建つ
講堂に祀られていた本尊「木造十一面観音立像」は10世紀後半の作で重要文化財だ

 尼寺として創建された法起寺は「岡本尼寺」や「池後尼寺」とも呼ばれ、法隆寺や四天王寺などと共に聖徳太子が建立した七ヶ寺のひとつに数えられている。鎌倉時代に集成された『聖徳太子伝私記』には、法起寺三重塔の露盤に刻まれた創建由来「塔露盤銘文」が記されており、それによると推古30年(622年)に薨去した聖徳太子の遺言を受けた長子の山背大兄王(やましろのおおえのおう)が、かつて太子が法華経を講説した岡本宮を寺院に改めたとされる。その後、舒明10年(638年)に福亮僧正が太子のため弥勒像と金堂を建立し、天武14年 (685年)には恵施僧正が宝塔の建立を発願。慶雲3年(706年)3月に三重塔の露盤を作ったと伝わる。




逓減率(初層と最上層の比率)が大きくどっしりとした印象を受ける

 発掘調査においても岡本宮と考えられる前身建物の遺構が確認されており、また現在は失われている金堂や講堂などの遺構も発見されている。その伽藍配置は東に塔、西に金堂、北に講堂を配しており、法隆寺式伽藍配置の金堂と塔を逆にした構成で「法起寺式伽藍配置」と称されている。創建以降は盛衰を繰り返し、江戸時代には三重塔だけが残るのみという荒廃した状態であった。法起寺の住職となった真政円忍(しんせいえんにん)は弟子たちと共に法起寺の再興を発願し、延宝六年(1678年)に三重塔を修復、元禄7年(1694年)には講堂が再建されている。その後、幕末の文久3年(1863年)には聖天堂が建立され、法起寺の境内は今に見られる姿となった。




上下がすぼんだ胴張柱や雲形の組物など飛鳥時代の特徴を見せる

 三重塔は前述の「塔露盤銘文」により慶運3年(706年)頃の完成と考えられている。鎌倉時代と江戸時代に大改修を受けたことにより、三層が二間から三間に改められるなど創建当初の姿が失われていたが、昭和47年(1972年)から昭和50年(1975年)にかけて実施された解体修理の際に、部材に残る痕跡や蓄積された研究成果をもとに創建時の姿に復元された。初層の柱は中ほどに膨らみを持たせて上下がすぼむ「胴張」であり、組物の肘木や斗を雲形にした「雲形組物」であるなど、飛鳥時代の建築様式の特徴を見ることができる。また二層と三層にはやはり飛鳥時代の特徴である卍崩しの文様を施した反りのない高欄が備わっているが、これは解体修理の際に復元されたものだ。




三層は法隆寺五重塔の五層と同じく二間だ

 法起寺三重塔は初層、二層、三層の寸法が法隆寺五重塔の初層、三層、五層と等しく、また三層の柱間を法隆寺五重塔の五層と同じく二間とするなど、法起寺三重塔は法隆寺五重塔に倣って築かれたことが分かる。心柱を支える心礎は法隆寺五重塔が地中深くに埋めているのに対し、法起寺三重塔は基壇に埋め込んで設置されており、これは法起寺三重塔が法隆寺五重塔よりも新しい建築であることを示している。法起寺三重塔の初層内部は土間であり、八角の心柱と四天柱が見える状態である。現在、内部に安置されている仏壇は近世のもので、法隆寺五重塔のように須弥壇が作られた形跡や古い仏壇の痕跡は認められず、創建当初の内部の様子は明らかになっていない。




かつては法起寺のものより古い三重塔が聳えていた法輪寺

 法起寺の西、法隆寺の北に位置する法輪寺は、聖徳太子が三基の井戸を掘ったとされる三井(みい)集落に位置することから「三井寺」とも称されている。その創建は推古30年(622年)に山背大兄王が子の由義王らと共に太子の病気平癒を願って建立したという説と、天智9年(670年)の斑鳩寺(法隆寺)焼失後に百済聞師、円明師、下氷君雑物の三人が建立したという説がある。発掘調査によって少なくとも7世紀中頃には既に存在しており、法隆寺式伽藍配置であったことが分かっている。その境内に聳えていた三重塔は7世紀末頃の建立とされ、法起寺の三重塔よりもさらに古いものであった。しかしながら昭和19年(1944)に落雷で焼失し、現在のものは昭和50年(1975年)の再建である。

2006年05月訪問
2022年04月再訪問




【アクセス】

・「法隆寺前バス停」から奈良交通「近鉄郡山駅」方面行きバスで約5分、「法起寺前」バスて下車すぐ。
・近鉄橿原線「近鉄郡山駅」から奈良交通「法隆寺前」行きバスで約20分、「法起寺前」バスて下車すぐ。
・法隆寺から徒歩約30分。

【拝観情報】

・拝観料:中学生以上300円、小学生200円。
・拝観時間:8時半〜17時(11月4日〜2月21日は16時半まで)。
【参考文献】

法起寺 | 聖徳宗総本山 法隆寺
法起寺三重塔|国指定文化財等データベース
・講談社MOOK 国宝の旅
・現地説明板

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