巡礼17日目:ラスカバン〜ロゼルト(24.0km)






 そういえば、洗濯物を干しっぱなしだった。朝起きて手持ちの衣類が少ない事に気付いた私は、その事を思い出してジットの庭へ取りに行った。フランスは日夜の寒暖差がかなり激しい。洗濯物は朝露に濡れ冷たくなっていた。

 8時少し前にジットを出て教会の前まで来ると、ちょうどジョンさんとマイティさんが出発するところであった。昨日と同様、マイティさんに「ユードンミー?」と聞かれたので「ウィー!」と答える。今日は睡眠時間が十分、素晴らしく熟睡できた気持ちの良い目覚めだったので、今日は嘘偽りのない答えである。


今日も良い天気で非常にありがたい


朝日を浴びながら緩やかな丘を登る

 早朝は幾分寒かったものの、日が出てからの気候は穏やかで、暑くもなく寒くもなく非常に快適であった。一日中このくらいの気温であってほしいものであるが、元気いっぱいに登りつつある太陽を見る限り、さすがにそうもいくまい。気温が上がる前に距離を稼いでおくのが得策のようである。

 今日もまた昨日に引き続き畑の中の道を行く。石灰質の土壌故か作物が植えられていない畑は砂を撒いたように真っ白で、畑と言えば黒土という固定概念のある日本人の私にとって、それはいささか不思議な光景に思えた。


種撒き前の麦畑だろうか、真っ白である


青々とした麦穂の中、白い道が良く映える

 畑の道を歩く事二時間半、モンキュ(Montcuq)という町に到着した。ここは丘を囲むように家屋が立ち並ぶ町で、その頂上には塔がそびえている。町の入口から町全体を見渡すと、家々の屋根が重なり合ってなかなかの光景だ。


丘の斜面に家々が建ち並ぶモンキュの町並み

 ちなみにフランス語でキュ(cul)とは尻という意味である。「モン・キュ」では尻山だ。なのでこの町の名前はフランス人からすればちょっと面白い珍名らしい。その町名を見て思わず笑ってしまう人が多いようだ。

 まぁ、そんな下世話なこぼれ話はともかく、モンキュは想像以上に大きな町である。その中心にはオフィス・ド・ツーリズモやスーパーもあった。せっかくなのでオフィス・ド・ツーリズモでスタンプを貰い、スーパーで買い物をする。昼食用の食料だけを買うつもりだったのだが、ついつい魔が差してビールを二本買ってしまった。午前中から飲むビールは格別である。今日のように天気の良い日は尚更だ。


歴史を感じさせるたたずまいである

 すっかり良い気分になって町の広場に戻ると、ちょうどジョンさんとマイティさんが到着したところであった。マイティさんに今日はどこまで行くのと聞かれたが、私はその回答に困りガイドブックをペラペラめくる。基本的に私は目的地を決めず、行き当たりばったりで歩く事が多いのだ。

 どの町まで行けそうかガイドブックとにらめっこしていると、ジョンさんはロゼルトという町まで行くと言う。ロゼルトはこのモンキュから約14km。距離的には悪くないし、店もあるしっかりした町のようである。私もまた、今日はロゼルトまでにすると二人に告げた。


丘の上の塔もなかなか立派だ


モンキュを満喫した所で先に向かう

 二人と別れた後、私は丘の上にそびえる塔を見に行った。ほぼ長方体のシンプルな外観だが、武骨な感じでなかなかカッコ良い。残念ながら入口の扉は閉ざされており、中に入る事はできなかったが、塔の下からでも十分良い眺めが見られたので良しとする。

 塔の丘から降りた私はモンキュの町を後にした。モンキュからも引き続き麦畑、そして森の道である。やはり昼に近づくにつれ気温は上がり、今日もまた頭にタオルを巻くスタイルで暑さを堪えつつ歩いて行った。


雲が少し出てきたが、暑いものは暑い


途中の牧草地では乗馬をしている人もいた

 少々上り下りのある道を行き、しばらくすると眼下にルイヤック(Rouillac)の村が見えてきた。時間はちょうど正午になったところで、辺りには教会の鐘が鳴り響いている。ちょうど良い、ここで昼食にするとしよう。


斜面にたたずむルイヤックの集落


小ぢんまりとしたルイヤックの教会

その内部天井には壁画が描かれていた

 泥まみれの道を下ってルイヤックの集落に入った私は、とりあえず目についた教会を見学してみる事にした。内部には赤系の顔料で描かれた壁画も残っており、それほど大きな教会ではないものの、なかなか古そうな感じである。

 昼食は眺めの良い草むらの木陰で食べた。風の音と鳥の鳴き声しか聞こえない、なんとも心地の良い場所である。モンキュで飲んだビールの酔い覚ましという事もあり、たっぷり一時間ほど休憩してから13時にルイヤックを出た。


時折巡礼者が歩く以外は静かで平和そのものだ


麦畑を行き、小川を越えて丘を越える

 道の途中では、昼食を終えたばかりのジョンさん夫妻とまた会った。彼らの横には数人の中年女性グループがいる。その女性グループの一人は私を見るなり「コンニチワ」と日本語で挨拶してきた。続いて「アリガト」「ダメダメ」などといった単語、それといくつかの日本人名を連呼する。どうやら私について、既にジョンさんから話を聞いているらしい。

 このコンニチワおばさんは、家族が日本人と結婚して日本に在住しているらしい。日本語や日本人の名前を知っていたのはその為だ。緩んでいた私のザックのヒモを締めてくれたりと、とても好意的に接してくれた。

 またこの時、ジョンさんに「今日の宿を予約しておいたよ」と告げられた。モンキュで私がロゼルトまで行くと言った後、わざわざロゼルトのジット・コミュナルに電話をして予約を取ってくれたのだ。ジョンさんは「ロゼルトに着いたらまずはオフィス・ド・ツーリズモを訪れなさい、そこがジットの受付だから」と言う。これには非常に感激し、私はメルシーを繰り返して言った。これでもう、今日は宿の心配をする必要が無いのだ。


ジョンさん夫妻&コンニチワおばさんたちと丘を登る


森の道を歩いた後、今度は丘を下りる


後は麦畑沿いの道だ

 私とジョンさん夫妻、コンニチハおばさんたちはそれぞれ歩くペースが異なるので、途中で別れてそれぞれバラバラに歩いた。皆、巡礼では自分のペースで歩くのが一番楽だという事を分かっているのだ。道は一本、歩いている限りはまた再会する事ができる。

 途中で追い越した男女グループの一人が言うには、今日日本人の女性に会ったという。おそらく、私が昨日お会いしたKさんだろう。どうやら私の前を歩いているようである。日本人が私と同じ道を歩いているという事に、いささかの安心感を覚えた。


この辺りでは、麦以外の作物を植えるらしい畑も見られた


ガラクタを組み合わせた奇妙なオブジェも

 ここに来て、再び周囲の景色が若干変化を見せ始めた。ブドウ畑や麦畑ばかりでなく、別の作物を植えるのだろう、ビニールを張った畑が見られるようになったのだ。

 またその先には、ガラクタを組み上げたなんだかよく分からないオブジェが飾られていた。こういうのを素朴芸術というのだろうか。何はともあれ、やや単調気味であった巡礼路の景観に花を添えてくれる存在は嬉しいものだ。


ロゼルトの町が見えてきた


麓には大型のスーパーもある

 程無くして、道の向こうにこんもりとした丘が姿を表した。よく目を凝らすと、その丘の上には数多くの建物が並んでいる。きっとあれがロゼルトなのだろう。モンキュもそうだったが、この辺りの地域では丘の上に町が作られている事が多い。きっと防衛の為なのだろう。丘上の町は、戦乱があった頃より残る古い町だという証拠である。

 またその丘の下には大型のスーパーもあった。これまでの町にあったような、雑貨屋に毛が生えた程度のスーパーではなく、衣料品などもそろっている立派なスーパーである。私はここで、日除け対策のツバ付き帽子を購入した。白い道のまぶしさ対策にサングラスも買おうかなと思ったが、サングラスをかけてしまうと景色が見えなくなってしまうので、それはもったいないと思いやめておいた。

 ついでに500mlの缶ビールを一本買い、スーパーの建物の陰で今日の行程を祝して一足早い祝杯を挙げる。いやぁ、午後に飲むビールも格別である。今日のように天気の良い日は尚更だ。


丘を登ってロゼルトの町に到着


中世の町並みが残る素晴らしい町だ


ここもまた「フランスで最も美しい村」の一つである

 私はジョンさんに教えられた通り、まずはロゼルトの広場にあるオフィス・ド・ツーリズモを訪ねた。応対してくれたお兄さんにジット・コミュナルに泊まる旨を告げ、続いて「タケ」と予約の名前を言う。言うまでもなく予約はきちんと取れており、お兄さんはジットのある場所を教えてくれた。ありがとうジョンさん、マイティさん。

 ジットに入ってシャワーと洗濯をした後、ロゼルトの町を見て回った。このロゼルトは「ル・ピュイの道」前半で訪れたサン・コーム・ドルトやエスタン、コンクなどと同様、「フランスで最も美しい村」の認定を受けた町である。中世の雰囲気を残すその町並みは非常に美しく、丘の上という素晴らしいロケーションも相まって、疲れを忘れる程にたっぷり堪能させていただいた。

 またこの町の広場にあるカフェではWi-Fiを利用する事ができる。私がネットに没頭していると、突然「お疲れ様です」という声が前方から聞こえてきた。反射的に顔を上げると、そこには昨日のKさんが立っていた。せっかくなので、しばらく巡礼路について情報を交換する。Kさんの話によると、どうやら我々の他にももう一人、日本人の巡礼者がこの辺りを歩いているのだそうだ。おぉ、凄い、この日本人が少ない「ル・ピュイの道」において、まさかの三人目の登場である。巡り合わせというのは本当に面白いものだ。


閉店を示すカフェのサイン

 しばらくして私はジットに戻り、いつも通りスパゲティを茹でて夕食とした。食卓を囲むのは私とジョンさんご夫婦、そしてこの町で初めて会ったピーターさんご夫婦の五人である。ピーターさんは英語ができないものの、ジョンさんが通訳をしてくれ、五人で色々な話をした。ピーターさんもまたジョンさん同様に親切な方で、これで力をつけろと私にハンバーグを一枚分けてくれたりもした。宿の予約といい、ハンバーグといい、この巡礼路は人の優しさが身に染みる。本当にありがたいものである。

 食後、ジョンさんがご自身のガイドブックを持ってきて私に見せてきた。なんと、明日のジットも私の分を既に予約したという。そしてさらに、「明後日以降の数日分も予約してあげるから、この本から泊まるジットを選びなさい」という。そこまでして頂くのはさすがに気が引けたものの、ご厚意を無下にするのも忍びない。とりあえず私はその本を預かり、明日の朝までに今後のジットを選ぶ事にした。

 ベッドに寝っころがってジョンさんのガイドブックをペラペラめくる。これまで目的地を決めて歩く事が少なかった私にとって、まず次はどの町まで行くかから決めなければならない。それも数日先の事まで考えるとなると……う〜ん、頭が爆発してしまいそうである。いやはや、これはなかなか難儀な宿題だ。