雲崗石窟

雲崗石窟

概要
保有国 中華人民共和国
記載年 2001年
該当登録基準 (1)(2)(3)(4)−文化遺産
構成資産 雲崗石窟群(東部石窟群、中央石窟群、西部石窟群)
武周山上にある明時代の城塞遺跡、標識塔など
 中国北部、北京から西へ350kmのところにある大同(ダートン)は、398年から494年にかけて北魏という国の都が置かれていた町であり、今でも大同市内には城壁など城下町としての痕跡を見ることができる。雲崗石窟はその郊外、大同からさらに西へ16kmほど行ったところに存在する。武周山という砂岩質の岩山に穿たれたその無数の石窟群は北魏によって築かれた華北最大の石窟寺院であり、敦煌の莫高窟や洛陽の龍門石窟などと並んで、中国三大石窟の一つに数えられている。

 雲崗石窟の石窟群は武周山の岸壁東西1kmに渡って続いている。その数は主だったものだけでも53あり、大小全部合わせると252にもおよぶ。それら石窟群の内部には総数51000体にもおよぶ像が刻まれ、この地に存在した豊かな仏教文化を今に伝えている。雲崗石窟の仏像の様式はは涼州(現在の甘粛省)にルーツがあると言われており、中国伝統の様式に西方起源の遊牧民族的なデザインを融合させた特徴を持っている。

 雲崗石窟の石窟群の中で最も早くに作られたのは第16窟から第20窟までの5窟であり、これらは曇曜(どんこう)五窟という名で呼ばれている。曇曜とはこの石窟を築いた僧侶の名だ。北魏の第三皇帝である太武帝は、道教を保護していた反面、廃仏令によって仏教を弾圧していた。しかし太武帝および第四代皇帝の南安王は宦官である宗愛によって暗殺され、その後に宗愛も処刑されて文成帝が第五代皇帝に即位した。文成帝はそれまでの廃仏令を廃止し、北魏の仏教を統括していた曇曜に雲崗石窟の作成を命令、そうして作られたのがこの曇曜五窟だったのである。

 曇曜五窟はいずれも楕円形の平面にドーム天井を持つ構造を持ち、それら一つ一つに15m前後の巨大な仏像が彫られている。これらは全て北魏の歴代皇帝を模したものであるとされ、第16窟から初代皇帝道武帝、二代皇帝明元帝、三代皇帝太武帝、四代皇帝南安王、五代皇帝文成帝であると言われている。これらは、皇帝は即ち如来であるとされる、皇帝の権力と仏教が結びついた北魏仏教の性格を顕著に表したものと言えるだろう。第20窟の釈迦坐像のみ天井が無いが、これは10世紀ごろ石窟が崩壊しむき出しになってしまったものだ。瞳には黒い鉱石がはめ込まれており、その美しさと神秘さゆえ雲崗石窟のシンボル的存在になっている。

 曇曜五窟(第一期)の次に作られたのは、孝文期(465年〜493年)の第1石窟から第3窟、第5窟から第13石窟である(第二期)。一部屋の石窟に大仏が鎮座する第一期の石窟とは異なり、第二期の石窟は前室と後室に部屋が分かており、石窟前部には柱を持つ。仏像の様式も多様化し、色とりどりの装飾によって鮮やかに彩られている。また仏像の服装や木造の建造物を前面に配する構造など、漢民族的な要素も強まった。第二期石窟のうち第9窟から第13窟の5窟は、その装飾の美しさから五華洞と呼ばれている。特に第12窟は音楽窟と言い、壁には様々な楽器を持つ伎楽天が刻まれている。これらは雲崗石窟における仏教芸術の極みである。

 大同に都を構えていた北魏は、493年に都を洛陽へと移す。しかしその後もおおよそ30年の間、中層や下層の階級の人々により石窟は彫られ続けていった。これが第三期石窟群である。王の庇護を失ったため第一期や第二期のものに比べると当然ながら規模は小さいが、それでも数多くの石窟が残されており、様々な彫刻を見ることができる。

旅行情報
所在地 山西省大同市
アクセス 大同市よりバスで1時間
必要見学時間 半日〜1日
 雲崗石窟のある大同市はそれほど大きな町ではないが、それでも山西省第二の都市であり、大同までの各種交通は充実している。北京からは列車が使える他、バスも多数走っている。大同までの直行バスは西北京駅近くの六里橋長距離バスターミナルから出ており、片道4時間ほどで大同まで運んでくれる。ただし、北京市北部の高速道路で渋滞が発生している場合は1、2時間ほど遅れるので注意が必要だ。

 大同市街地から雲崗石窟までは、路線バスを使うのが最も安上がりだ。駅前のバスターミナルから出ている3-2路のバスを使えば、乗り換えなしで行くことができるので非常に便利。雲崗石窟は1kmにも及ぶ範囲に石窟が密集しており、その全てを見るには最低でも半日は必要となるだろう。細部までじっくり見たい場合は、丸一日取っておきたい。

 北魏の都が置かれ、遼や明の時代にも重要な町として賑わった大同は、町の中にも見所が多数存在している。大同中心部には明時代に作られた九龍壁はがあるが、これは北京の故宮の九龍壁、北海公園の九龍壁と並んで中国三大九龍壁の一つとされる。他にも華厳寺や善化寺、鼓楼など、その歴史が垣間見れるものは数多い。また、雲崗石窟へ行くバスルートの途中には三龍壁のある観音寺があるので、雲崗石窟の帰りに寄るのも良いだろう。市の北方には遥か東の山海関より北京を経由して延びてきた万里の長城が横切っており(ただしここの長城は土塁だが)、そこまで足を伸ばすのもおもしろい。

 大同市には他にも中国最古の木造塔といわれている木塔、中国五岳の一つである北岳恒山およびその麓の断崖に建つ懸空寺などがある。これらを効率的に周るにはツアーに参加するか、タクシーをチャーターするべきだ。大同市のある山西省の他の文化財としては、大同市よりやや南に下ったところには古くから仏教の聖地として名高い五台山があり、山西省中央部の晋中市には、明の時代に作られた町が城壁と共にそのまま残る中国唯一の町、平遥がある。

(2007年8月 訪問)

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