南砺市菅沼

―南砺市菅沼―
なんとしすがぬま

富山県南砺市
重要伝統的建造物群保存地区 1994年選定 約4.4ヘクタール


 中部山地にある山深い谷の地、五箇山。相倉合掌造り集落から南へ上ること約7kmの地点、谷底を流れる庄川が大きく蛇行する位置に、周りをぐるりと川に囲まれた扇状の土地がある。そこには、五箇山のもう一つの合掌造り集落、菅沼集落がひっそりとたたずんでいる。




菅沼集落の風景

 同じく合掌造り集落の相倉集落や白川村荻町などと比べ、菅沼集落は現存する合掌造り家屋がわずか9棟と、やや小ぢんまりとした印象のある集落である。しかしながら、前方に川を抱き後方に山を望むその地形柄独特の山村景観は、なんとも完成された美しさがある。




迫力ある合掌造り家屋

 規模こそ小さいものの、かつての菅沼集落は五箇山内でも存在感のある集落だった。菅沼からさらに谷を上ったところには、西赤尾という地域がある。そこは16世紀、五箇山一帯に浄土真宗を広めた僧がいた場所であった。その西赤尾に近い菅沼集落もまた、五箇山の信仰において重要な位置を占めていたという。




神社境内より集落を見る

 その信仰は厳しい自然環境に生きる人々の人々の心の支えになり、それが独自の助け合い文化を生んだ。合掌造り集落には、「結(ゆい)」と呼ばれる伝統的な相互扶助の習慣がある。合掌造り家屋の屋根の葺き替えも、この「結」によって住民総がかりで行われる。もちろん、無償だ。人々はそうやって助け合うことで、過酷な自然環境の中生きてきた。




公開されている五箇山民族館の内部2階

 近世、五箇山は加賀藩によって特別な保護のもと治められていた。加賀藩は五箇山の村々に養蚕や和紙作りなどを行わせていたが、特に推奨していたのが鉄砲に使用する黒色火薬の原料、塩硝である。それゆえ、五箇山は加賀藩の火薬庫とも形容されていた。なお、煙硝ではなく塩硝と表記するのは、塩硝の結晶は塩とよく似ており、塩と偽って塩硝を取引していたことによる。




庄川越しに見る菅沼集落

 塩硝作りは、まず囲炉裏付近の床下に穴を掘り、そこに付近の山で取れる様々な種類の植物の干草と蚕の糞を埋め発酵させる。そして5年後、できた塩硝土を取り出し水でろ過、それをさらに煮詰めて塩硝を精製する。そうしてできた煙硝は、峠を越えて加賀藩の火薬製造工場に運び込み、そこで黒色火薬へと加工されていった。

2007年07月訪問




【アクセス】

JR北陸本線「高岡駅」より加越能バス「白川郷行き」で約130分、「菅沼バス停」下車すぐ。

【拝観情報】

民宿の宿泊者でない限り、集落への立ち入りは8:00から日没まで。
散策では住民の迷惑にならないように。

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