金沢市主計町

―金沢市主計町―
かなざわしかずえまち

石川県金沢市
重要伝統的建造物群保存地区 2008年選定 約0.6ヘクタール


 江戸時代には江戸、大坂、京の三都に次ぐ大都市として栄華を誇った金沢。その城下町には三ヶ所の茶屋町が存在する。町の西方を流れる犀川の西岸に「にし茶屋町」、東方を流れる浅野川の東岸に「ひがし茶屋町」、そしてひがし茶屋町の対岸、浅野川の西岸に連なるのが「主計町(かずえまち)」である。これらは金沢三茶屋町と呼ばれ、戦前まで金沢の茶屋文化を担う遊興の場として賑わっていた。そのうちの主計町はひがし茶屋町程の規模は無いものの、ひがしと同様に明治時代から昭和初期にかけての茶屋建築が今もなお高い密度で建ち並んでおり、かつての茶屋町の風情を残す貴重な町並みとして重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。




浅野川に沿った主計町の町並み

 金沢三茶屋町のうち、「ひがし茶屋町」と「にし茶屋町」は江戸時代後期の文政3年(1820年)に加賀藩によって開かれた茶屋町であるのに対し、主計町はそれらよりも幾分後に形成された比較的新しい茶屋町である。町が開かれた正確な時期は明らかではないが、江戸時代後期には主計町の西に隣接する母衣町(ほろまち)に無認可の茶屋が建つようになり、次第に主計町も茶屋町としての性格を帯びていったと考えられている。少なくとも明治時代に入るまでには茶屋町として成立しており、明治末期から昭和初期にかけて最盛期を迎えた。重要伝統的建造物群保存地区に選定されているのは浅野川沿い約150メートルの範囲で、これは最盛期における茶屋町の範囲ほぼ全域にあたる。




主計町へと下りる「暗がり坂」

 ひがし茶屋町が裕福な商人や文人の社交場として利用されていたのに対し、主計町はそれよりも庶民的な花街であった。主計町に通う旦那衆は、浅野川の対岸から北陸街道の浅野大橋ではなく下流の「中の橋」を渡って、あるいは主計町裏手の「暗がり坂」と呼ばれる薄暗い石段を下って、人目に付かないようにこっそり主計町を訪れていたという。主計町の茶屋は浅野川に面して並んでいるが、このような川沿いの茶屋町は全国的にも珍しく、独特の風情を醸している。浅野川と背後の傾斜地に挟まれた狭隘な土地にあるが故、通りの幅が狭く裏路地は昼でも薄暗い。道幅が広く取られて明るい雰囲気のひがし茶屋町とは対照的な茶屋町となっている。




二階建てと三階建ての茶屋建築が建ち並ぶ

 ひがし茶屋町の町並みは二階部分の建ちが高い本二階建ての茶屋建築で統一されているが、主計町ではそれに加えて三階建てのものも多く見られる。これは茶屋町の最盛期である明治末期から昭和初期にかけて増築されたもので、時代による変遷と往時の繁栄を今に伝えている。ひがし茶屋町の茶屋建築と同様、主計町の茶屋建築もまた切妻屋根の平入りを基本としており、一階部分には出格子がはめられ軒庇を設けている。裏路地には旧来の茶屋様式を残した建物が多く、かつては石置きの板葺屋根だった勾配の緩い建物も残っている。これら茶屋の内部は繊細な数寄屋風の意匠となっており、特徴ある茶屋町の風情を残している。




風情ある主計町の路地

 なお主計町という町の名は、江戸時代この地に加賀藩士、富田主計(とだかずえ)の屋敷があった事に由来する。昭和45年(1970年)の町名統合により尾張町2丁目へと改められたものの、平成11年(1999年)に旧町名の主計町が復活した。旧町名が元に戻されたのは全国初の事であり、主計町はその後全国に波及する旧町名復活運動の先駆けとなった。特に金沢市は旧町名復活の事例が多く、金沢城の石垣を築く石材を引くその道筋にあった事に由来する下石引町(しもいしびきまち)、材木蔵があった事に由来する木倉町(きぐらまち)、火災の延焼防止の為に柿の木を植えた事に由来する柿木畠(かきのきばたけ)など、藩政時代に起源を持つ地名が数多く復活を果たしている。




金沢城の西内惣構堀跡を整備して作られた緑水苑

 主計町の北側には、緑水苑と呼ばれる緑地が存在する。これは慶長4年(1599年)、加賀藩二代藩主の前田利長(まえだとしなが)が金沢城防衛の為に家臣の高山右近(たかやまうこん)に命じて作らせた西内惣構堀の一部である。西内惣構堀は金沢城の旧金谷門付近から始まり、城の西側と北側を巡って主計町から浅野川に注いでいる。その総延長は約1600メートルに及び、同時期に作られた金沢城の東側を巡る東内惣構堀、および慶長15年(1610年)に作られた内惣構の外側を巡る外惣構堀と共に金沢城の総構えを構成していた。現在は惣構堀に設けられていた土塁はほぼ撤去され、堀が暗渠化されている部分も多いが、この緑水苑ではかつての惣構堀の姿を伺い知る事ができる。

2007年07月訪問
2012年10月再訪問




【アクセス】

JR北陸本線「金沢駅」より「城下町かなざわ周遊バス」で約15分、「橋場町バス停」下車、徒歩約5分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

【関連記事】

金沢市東山ひがし(重要伝統的建造物群保存地区)
京都市祇園新橋(重要伝統的建造物群保存地区)
金沢市卯辰山麓(重要伝統的建造物群保存地区)
金沢市寺町台(重要伝統的建造物群保存地区)
金沢の文化的景観 城下町の伝統と文化(重要文化的景観)