金沢市寺町台

―金沢市寺町台―
かなざわしてらまちだい

石川県金沢市
重要伝統的建造物群保存地区 2012年選定 約22.0ヘクタール


 加賀藩の始祖である前田利家(まえだとしいえ)が礎を築き、加賀百万石の栄華を誇った城下町金沢。小立野台地の先端に建つ金沢城を取り囲むように広がる城下町は、その西側を犀川が、東側を浅野川がそれぞれ流れ、それら二本の河川が天然の濠として金沢城の総構えを形成している。そのうち犀川西岸の高台、城下町の西の出口にあたる位置に広がるのが寺町台寺院群だ。金沢城下に築かれた三ヶ所の寺町の一つである寺町台寺院群は、極めて高い密度で数多くの仏教寺院が密集する日本有数の寺町として知られている。それは金沢の歴史を物語ると共に、江戸時代より変わらない地割が寺町の旧態を示すものとして、重要伝統的建造物群保存地区に選定された。




市街地にありながら高々とした木々に囲まれる龍渕寺

 元和2年(1616年)、三代藩主前田利常(まえだ としつね)は城下町の再整備にあたり、城下に散在していた一向宗(浄土真宗)以外の寺院を移転させてまとめ上げ、城下町の入口にあたる三ヶ所に寺院群を形成した。そのうち東に位置するのが浅野川東岸の卯辰山麓寺院群、南に位置するのが金沢城南の小立野寺院群、そして西に位置するのがこの寺町台寺院群である。これらの寺町は有事の際に武士が詰める出城としての機能を持ち、堅固さでは他城に劣る金沢城の防衛能力を高める目的であった。また当時は大名に匹敵する程の力を有していた一向宗の寺院をあえて分散させたままにする事で、監視の目が届くようにし一向一揆を未然に防ぐという意味合いもあった。




寺院の土塀が連続する旧野田道の町並み

 金沢城下三ヶ所の寺院群の中で、寺町台は最大の規模を誇る寺町である。保存地区内には今もなお52ヶ寺が存在しており、その堂宇の多くが江戸時代のものであるという。宗派も多種多様で、伝説やいわれが残る寺院も多い。南大通りに面した千手院は歴代藩主の祈願所であり、二代藩主前田利長(まえだとしなが)の正室永姫の菩提寺である玉泉寺、利長の長女にあたる幸姫の菩提寺である月照寺、四女豪姫の菩提寺である大蓮寺など、前田家に縁のある寺院が多い。松月寺には小松城から移植されたという樹齢約400年の見事な山桜が土塀を突き破るように枝を伸ばしており、「松月寺のサクラ」として国の天然記念物に指定されている。




旧鶴来道沿いには町家が多く建ち並ぶ

 寺町台の寺院群は、旧鶴来道と旧野田道の二本の通りに沿って形成されている。これらの街道は犀川大橋から続く蛤坂を登り詰めた所で交差しており、そこを東に曲がれば前田家の墓所がある野田山へと至る旧野田道、そのまま南へ直進すれば白山信仰の拠点として知られる鶴来(つるぎ)への旧鶴来道となる。そのうち旧野田道沿いでは、幅の広い直線の車道に沿って土塀と山門が連続し、重厚な堂宇の屋根が重なり合うといった、まさに寺町という風情の景観を目にする事ができる。一方、旧鶴来道では通りに沿って町家が並び、所々に寺院の山門が顔をのぞかせ寺院の堂宇は奥まった位置に建つ。それぞれの街道ごとに趣が異なる寺町の景観が見られるのが寺町台の特徴的だ。




菅原神社の境内からクランク状の桝形を望む

 町家が数多く見られる旧鶴来道も、寺町が形成された当初は旧野田道沿いと同様に寺院の敷地が通りに面する典型的な寺町であったという。しかし程無くしてそれぞれの寺院が街道沿いの土地を貸し出すようになり、その結果、表側に町家が建ち並ぶ特異な寺町の景観が作り出されたのである。これらの町家は桟瓦葺きの切妻屋根平入で二階建て、柱などの木部を塗り篭めない真壁造が一般的であり、袖壁を持つものも多い。また旧鶴来道の中程にはクランク状に折れ曲がる桝形が見られるが、これは通りの見通しをわざと効かないようにした防衛上の工夫であり、この寺院群が城下町の守備を意識して形成された事が良く分かる遺構である。




忍者寺として有名な妙立寺
本堂の屋根には見張り台として望楼が設けられている

 寺町台寺院群に数ある仏教寺院の中でも、特に有名なのが妙立寺であろう。妙立寺は防衛拠点としての寺町台における本丸として建てられた寺院で、様々な防衛上の仕掛けを盛り込んだ特異な建築である事から忍者寺という異名を持つ。本堂入口の賽銭箱は埋め込み式であり、有事の際は賽銭箱を抜いて落とし穴とする。また本堂の頭頂には周囲の様子を伺う物見の為の望楼が備わっている。本堂に続く庫裏は、二階建ての外観でありながら内部は七層四階建てである。当時は幕府によって三階建て以上の建物建立が禁じられており、これはその目を逃れる為のものである。他にも床板を外すと落とし穴になる階段や隠し通路など、敵の侵入に備えた工夫を随所に見る事ができる。

2007年07月訪問
2012年10月再訪問




【アクセス】

JR北陸本線「金沢駅」より北鉄バス野田山方面行き、
あるいは有松方面行きで約20分「広小路」下車、徒歩5分。

北陸鉄道石川線「野町駅」より徒歩約5分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

【関連記事】

金沢市卯辰山麓(重要伝統的建造物群保存地区)
金沢市東山ひがし(重要伝統的建造物群保存地区)
金沢市主計町(重要伝統的建造物群保存地区)
金沢の文化的景観 城下町の伝統と文化(重要文化的景観)
大津市坂本(重要伝統的建造物群保存地区)