加賀市加賀橋立

―加賀市加賀橋立―
かがしかがはしだて

石川県加賀市
重要伝統的建造物群保存地区 2006年選定 約11.0ヘクタール


 石川県の南西部、日本海を望む丘陵上に位置する加賀橋立は、江戸時代の後期から明治時代の前期にかけて栄えた北前船(きたまえぶね)の船主、船頭たちの集落である。北前船とは、大坂から下関を経由して北陸や東北など日本海沿岸の港を結ぶ、いわゆる西廻り航路で貿易を行っていた廻船のことだ。その船主たちは米などの産物を運んで売り、膨大なる富を得た。最盛期の橋立には40名以上もの船主がおり、計100隻以上の船を有していたという。その集落には今もなお、かつての北前船の船主たちが建てた豪壮な屋敷が数多く残されており、起伏に富んだ地形に沿って縦板張りの主屋や土蔵が並ぶ、極めて独自性の高い集落景観を目にすることができる。




北前船主の屋敷の塀が連なる山崎通り

 北前船が隆盛を見せる前の橋立は、半農半漁の集落であった。江戸時代の中期になると、近江商人に引き立てられた橋立の漁師が北前船の船乗りとなり、また18世紀中頃には独立して船主になる者が現れた。橋立は家族経営の廻船業で大いに栄え、分家や移住により人口も増加する。明治5年(1872年)には集落の6割を失う大火に見舞われたものの、しかしその頃は北前船のピークに達していたこともあり、船主たちは焼失前より立派な屋敷を次々と築き上げた。明治時代の後期、鉄道など陸上交通網が整備されたことから北前船は衰退。戦後に失われた家も多いが、それでもいまだ橋立には江戸時代後期から明治時代にかけて建てられた家屋が数多く現存している。




奥まったところに位置する米木通りの町並み
潮風対策の為、橋立の家屋は総じて縦板張りである

 橋立集落では、海岸から南へ山崎通りが通り、丘陵地の谷筋に新町通り、サマンダ通り、米木通りが通る。そのうち山崎通り、新町通りには船主の家が多く、サマンダ通り、米木通りには船頭や船乗りたち家が多い。海に面した立地ゆえ、潮風から家屋を守るべく建物はすべて縦板張りなのが特徴的だ。この縦板張りに用いられている板材は、船の古材の再利用である。木造船は海に浸かっていると、「船食い虫」と呼ばれる二枚貝によって穴を開けられてしまう。その被害を防ぐ為、船体の上に「包み板」と呼ばれる板を張るのだが、定期的に張り替える必要があることから古材が建材に回されるのだ。古い家の縦板張りをよくよく見ると、虫食いのような船食い虫の跡を見ることもできる。




橋立中心部に位置する酒谷長兵衛旧宅の外観
木塀の基礎には笏谷石(しゃくだにいし)が用いられている

 橋立における各家の敷地は、石垣で整地した上、木塀によって囲い巡らされている農家型の集落となっている。その石垣や石段などに用いられている青みがかった笏谷石もまた橋立の町並みに独特の風情を与えているが、この笏谷石は福井の足羽山周辺で採掘される石材で、北前船によって広く流通した。橋立で笏谷石が盛んに使われるようになったのは天保11年(1840年)、橋立一の北前船主であった久保彦兵衛が高台に家を築き、その石垣の装飾に笏谷石を用いたことによる。この他、屋根に乗る赤瓦も極めて印象的である。この赤褐色で光沢のある桟瓦の焼成技術も海運を通じて越前や石見から伝わったとされ、旧大聖寺藩、旧小松藩の南加賀地域で目にすることができる。




北前船主が建てた屋敷のひとつ、蔵六園(ぞうろくえん)
庭園の名は大聖寺藩14代藩主の前田利鬯(まえだとしか)が命名したという

 橋立に残る伝統家屋のうち、船頭の家の主屋は加賀地方の農家に多く見られる間取りで建てられている。玄関から台所を伴うニワ(ドマ)、オエと呼ばれる広間が続き、その背後に二列二段の四室を田の字に配すというものだ。船乗りの家はそれよりも規模が小さく、オエの背後に二部屋のみを配す。船主の家となると船頭の家よりさらに大きく、オエの背後に二列三段の六室を配している、いわゆる「北前船主型」の間取りとなる。いずれも古くは茅葺屋根であったが、天保年間(1830〜1844年)には切妻造妻入りの瓦葺きで建てられるようになった。通りに面して土蔵や納屋といった附属屋を設ける家も多く、また防風林としてスダジイの木を植えている家も多い。




立派な梁が架かるオエを持つ酒谷長兵衛旧宅
現在は「北前船の里資料館」として公開されている

 橋立に残る船主の家は、外観こそ簡素なものであるが、内装は殊に贅を凝らしたものとなっている。中でも橋立に現存する最大規模の船主の家である「酒谷長兵衛旧宅」は、大火後の明治9年(1876年)に敷地を拡張して建てられたものだ。その敷地面積は約1000坪、主屋のオエもまた30畳と広大だ。その木部はベンガラを混ぜた漆で塗られており、今もなお深いツヤを見せている。柱には8寸のケヤキ、梁には立派な松材が用いられ、杉の一枚板を用いた大戸など、建材も最高級のものである。主屋の西側、北側には庭園も築かれており、それらを取り囲むように何棟もの土蔵や附属屋が建ち並ぶなど、かつての北前船主の栄華が手に取るように理解できる。

2007年07月訪問
2014年05月再訪問




【アクセス】

JR北陸本線「加賀温泉駅」より加賀周遊バス「海回り」で約40分、「北前船の里資料館バス停」下車すぐ。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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