渡名喜村渡名喜島

―渡名喜村渡名喜島―
となきそんとなきじま

沖縄県渡名喜村
重要伝統的建造物群保存地区 2000年選定 約21.4ヘクタール


 沖縄県那覇市から西へ60kmほど、久米島、慶良間諸島、粟国島を結ぶ三角形のちょうど中心に渡名喜島はある。人口500人足らずの小さな離島ではあるが、その集落内には沖縄本島であまり見る事ができなくなった赤瓦屋根の沖縄伝統家屋が数多く建ち並び、またその家々を取り囲む緑鮮やかなフクギという常緑樹、島の周囲を縁取る白砂や発達したサンゴ礁の海、そして島の山々が織り成す豊かな自然景観と相まって、非常に色彩豊かな沖縄ならではの島嶼集落景観を目にする事ができる。そのため渡名喜島の集落全域、および集落北側の丘に鎮座する拝所一帯と、集落からそこに至るまでの参道が、2000年に重要伝統的建造物群保存地区に選定された。




渡名喜島の沖縄伝統家屋

 渡名喜島の周囲はおよそ12.5km。その北部は傾斜の緩やかな丘陵地帯が、南部には切り立った岩々が連なる険しい山岳地帯が連なり、そしてそれら二つの山塊を繋ぐ形で集落のある平地部が存在する。渡名喜島がこのような地形になったのは、元々は個々に独立していた二つの島が、砂の堆積によって一つに繋がった為だ。渡名喜島に人が住むようになった時期は定かではないが、集落北側に位置する丘の上からは、14世紀から15世紀にまで遡る堀立柱建物の跡が発見されている。これは島を統率していた豪族が築いたグスク(居城)の跡と見られるもので、集落はまずこの丘の下付近にあたる平野東部から発達し、徐々に拡大して現在の規模になったと考えられている。




防風の為の屋敷林として植えられたフクギの生垣が
極めて独自性の高い集落景観を作り出している

 渡名喜島の集落は東西および南北に白砂の細い路地が走り、ほぼ正方形に区画された敷地に個々の家屋が建てられている。その敷地はフクギの木によって取り囲まれており、これは家の内部を見られないようにする生垣としての役割の他、台風の暴風から家を守る防風林、防砂林の役目も担っている。また、それらフクギの外側を囲う石垣は、サンゴや琉球石灰岩が用いられている。家の敷地は路地より1mほど低く掘り下げられているのだが、これもまた屋根を低くして家屋に当たる風を減らそうという知恵だ。島の平地は砂でできているため水はけが極めて良く、降った雨はすぐ地面に吸収されるので地面を掘り下げても家屋に浸水することは無いのだという。




初代村長を勤めた旧家上門家(ウィジョーヤー)
敷地を囲う石垣はサンゴからできた琉球石灰岩で建てられている

 渡名喜島の民家は、そのほぼ全てが南側に向けて玄関を開いている。これもまた、東西の海から吹く風を防ぐ為であろう。門をくぐるとその正面には主屋が建っているのだが、玄関の前には石や生垣で作られた壁が立ちふさがり、路地から家屋の中を見えなくしている。これは沖縄本島ではヒンプン(屏風)と呼ばれ、また渡名喜島ではソーンジャキと呼ばれる目隠しと魔除けの為の壁である。沖縄ではヤナカジ(悪風)と呼ばれる悪霊を忌み嫌う風潮があり、ヤナカジは直進しかできない為、玄関の前に壁を立ててヤナカジを家の中に入れないようにしているのだ。同じくヤナカジ除けとして、T字路に置く石巌當(いしがんとう)も沖縄では良く見かけることができる。




路地と屋敷との高低差が最もある、1.55m掘られた家
掘りの深い家はハタラチャー(働き者)と称される

 主屋は総じて平屋の寄棟造で、屋根は沖縄の強烈な日差しに強い酸化焼成の赤瓦で葺かれている。瓦の隙間は漆喰によって固められており、台風が来ても飛ばないように工夫されている。軒下にはアマハジ(雨端)と呼ばれる大きく張り出した庇が設けられているが、これは強烈な日差しや横殴りの雨を防ぐ為のものであり、また来客をもてなす接客の場でもあるという。間取りはほとんどが一番座(客間)、二番座(仏間)の二部屋と廊下、台所から成る。他の島では各部屋の裏側に裏座と呼ばれる部屋があるが、渡名喜島の裏座は規模が小さいため倉庫などとして用いられている。また、敷地内には主屋以外にも、付属屋や豚の飼育小屋が建てられている。




渡名喜島南西部の崖上にあるヌーチュヌーガ御嶽

 渡名喜島の集落内には御嶽(うたき)と呼ばれる琉球信仰の聖域が散在している。中でも、島の祭祀の中心地として信仰を集めているのが集落北側の丘に鎮座する「里御嶽」と「ヌル殿内」だ。そこは前述の、豪族の住居跡と見られる建物跡が発見されたその場所である。また集落から離れた島南西部、カーシリと呼ばれる浜近くの急斜面には、ヌーチュヌーガ御嶽が存在する。ここは干ばつの際に雨乞いの儀式が行われる島唯一の場所として神聖視されてきた。ヌーチュヌーガ御嶽から海を望むと、その前面にはエーシジと呼ばれる岩が浮かんでいるのだが、そこにはかつて海の遭難者が葬られ、聖地とされていた。

2009年12月訪問




【アクセス】

那覇の泊港より高速船で約2時間15分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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