椎葉村十根川

―椎葉村十根川―
しいばそんとねがわ
重要伝統的建造物群保存地区 1998年選定 約39.9ヘクタール

宮崎県東臼杵郡椎葉村


 宮崎県北西部、九州山地の中央部に広がる椎葉村は、日本三大秘境のひとつに数えられているほど山深い土地である。村役場が位置する上椎葉や下椎葉といった主要集落から、さらに谷筋を北へと入ったところに利根川という集落が存在する。標高550メートルほどの山の中腹に位置するわずか十数戸と小さな集落ではあるものの、石垣で築かれた狭隘な土地に「椎葉型」と呼ばれる細長い平面の主屋をはじめ、馬屋や倉といった附属屋などの伝統建築が建ち並んでおり、幾重にも折り重なったまるで城塞のような石垣や、傾斜が緩やかな低地に拓かれた田畑、周囲を取り囲む山林の風景などと相まって、椎葉村を代表する特異な山村景観を目にすることができる。




この左奥の畑にかつて大八郎が陣を張ったと伝わっている

 椎葉村には平家の落人伝説が残されている。弓の名手として知られる那須与一(なすのよいち)の弟、大八郎こと那須宗久(なすのむねひさ)は源頼朝の命を受け、平家の残党を討伐すべく当地に進攻した。大八郎は現在の十根川集落に椎の葉を用いて陣小屋を築いたことから、「椎葉」という地名が付けられたという。椎葉に攻め入った大八郎ではあったが、平家の落人は既に戦う意志はなく農耕に勤しんでいた。その姿を見て大八郎は刀を納め、幕府には追討を果たしたと伝令を送り、自身は椎葉に屋敷を構えて暮らし始めた。幕府の帰還命令により大八郎は椎葉を去ったが、平清盛の末孫とされる鶴富姫との間に娘を儲け、その子孫が那須氏として椎葉を治めるようになったという。




他の家の軒先や庭先を通る路地もある

 椎葉では日当たりの良い南を向いた斜面のことを「日当(ひなた)」と呼び、日があまり当たらない場所のことを「日添(ひぞえ)」と呼んで土地の良し悪しを評価していた。そのまさに「日当」に位置する利根川集落は耕作地として優れ、他の集落と比べて裕福であった。利根川集落の景観を特徴付ける石垣はいずれも規模が大きく、中には高さ約4メートル、長さが40メートルに渡るものも存在する。このような立派な石垣が築けたのも、財力があったからに他ならない。集落内の路地は、石垣の等高線に沿って横に繋ぐものと、石段を用いて上下段へと繋ぐ縦の路地が入り組んでいる。場所によっては他の家の庭先や軒下を通る必要があるなど、路地と敷地が未分化なのも特徴的だ。




石垣の狭い土地に横長の主屋が並ぶ

 石垣で造成された横に細長い土地には「椎葉型」と呼ばれる主屋が建ち並ぶ。これは横一列に、農作業や炊事を行う土間の「ドジ」、家族が集まる居間の「ウチネ」、村の寄り合いや儀式を行う客間の「デイ」、仏間の「コザ」が並ぶ、一列平面形式の平屋建て家屋である。表側には「ヒエン」と呼ばれる縁が通り、また各部屋の手前一間には仕切りを入れて、部屋奥を「オハラ」、手前を「シタハラ」と称して分けている。これら「オハラ」「シタハラ」「ヒエン」の区別は身分差を示す結界の名残だといい、一説によると寝殿造の流れを汲むものであるという。各部屋は板戸で仕切られているが、冠婚葬祭などの時はこの戸を外すことで、部屋を広々と使うこともできる。




主屋から離れた位置に建つ板倉

 主屋の隣には、二階建ての馬屋が建てられている。一階で馬を飼育し、二階部分は馬の餌である干し草や藁を保存する納屋として使われていた。いずれも最低4頭の馬を飼育することができる、広々とした作りであるという。また収穫した穀物を貯蔵するための倉は、主屋から離れた位置に建てられている。注目すべきなのは、倉は集落を取り囲むように、円環を成して建てられているということだ。万が一、どの場所から火が出たとしても、すべての倉が焼失することがないようにという、集落一体となったリスク管理の態勢が整えられているのである。なお、これらの建物はかつてはすべて茅葺であったが、次第に削ぎ板葺、トタン葺と変化していき、現在はほとんどが桟瓦葺である。




利根川神社の社殿と八村スギ

 集落の南側には利根川神社が祀られている。明治4年(1871年)までは八村大明神と呼ばれていたこの神社では、毎年12月の中旬に「椎葉神楽」が奉納される。椎葉村の各集落に伝承される椎葉神楽は、天正年間(1573年〜1592年)に肥後の阿蘇神社から椎葉村に伝わったとされ、現在は国の重要無形民族文化財に指定されている。また利根川神社の社殿横には「八村スギ」と呼ばれる杉の巨木がそびえている。樹齢は約800年であり、言い伝えによると当地に陣を張った大八郎が元久年間(1204年〜1206年)に植えたものであるという。その樹高は54.4メートルと国内二位、幹周りは19.0メートルと国内四位と類稀なる巨木であり、国の天然記念物に指定されている。

2014年09月訪問




【アクセス】

公共交通機関なし。椎葉村中心部より車で約20分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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