養父市大屋町大杉

―養父市大屋町大杉―
やぶしおおやちょうおおすぎ

兵庫県養父市
重要伝統的建造物群保存地区 2017年選定 約5.8ヘクタール


 兵庫県の北部、中国山地の東端麓に位置する養父市。その南西部に広がる大屋町は、兵庫県最高峰の氷ノ山(ひのせん、標高1510メートル)を水源とする大屋川により形成された洪積地や河岸段丘上に集落が点在する山村である。四方を山々に囲まれていて平地が少なく、冬は雪も多いことから、古くより副業として養蚕や家内製糸が営まれてきた。大屋町の中心部西寄りに位置する大杉は、小集落ながらも養蚕を発展させた三階建ての主屋が極めて高い密度で現存しており、石垣や水路等と共に但馬地域屈指の養蚕地帯であった当時の伝統村落の姿を今に残していることから、大屋川左岸の東西約540メートル、南北約390メートルの範囲が重要伝統的建造物群保存地区に選定された。




二宮神社の参道から見下ろす大杉集落
主屋の屋根には換気の為の「腰屋根」が設けられている

 大屋町の歴史は古く、平安時代中期に編纂された『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』にも大屋郷の名が見られる。大杉集落は遅くとも16世紀の半ばには成立していたと考えられており、17世紀の半ばには大杉村として村落を形成していた。副業として行われてきた養蚕がより盛んになったのは養蚕技術が発達した18世紀後期以降のことだ。品質が向上した大屋産の生糸は丹後ちりめんの原料として使用され、また明治以降には京都の糸問屋を通して横浜にも売られている。器械製糸が普及した明治中期には養蚕と製糸の分業が進み、大屋町の村々でも家内製糸をやめて桑畑を増やし、繭の生産拡大に注力。明治後期から昭和初期にかけて養蚕の最盛期を迎えることとなる。




石垣により造成された土地に建つかつての養蚕農家

 大杉集落は大屋川へと流れ込む奥山谷川によって形成された扇状地に家屋が密集しており、その周囲には耕作地が広がっている。傾斜地では石積によって平地を造成しており、奥山谷川沿いには棚田も築かれている。主屋は南東もしくは南に正面を向けて建て、その背後もしくは西隣に土蔵を接続あるいは独立して建てる家が多い。他にも離れや納屋、牛小屋などの附属屋を建て、敷地は塀などで囲まないのが一般的である。各家は谷川から取水する水路を引いて生活用水を確保しており、川や水路の随所に「アライト」「カワイト」などと呼ばれる石段の洗い場を設けている。また敷地隅の日当たりの良い場所に池を備えて洗い場とする家も見られる。




土蔵は主屋から出入りする内蔵が多いが、独立して建つものもある

 大杉集落に存在する27棟の主屋のうち、一棟を除くほぼすべてが江戸時代後期から昭和三十年代に建てられた築50年以上の建築である。二階建てもしくは三階建ての切妻造平入で桟瓦葺き屋根を基本とし、江戸時代後期の茅葺民家に明治後期以降上階を増設したものと、その形式に倣って新築したものが多い。規模は桁行四間から六間、梁間三間から三間半を標準としている。居室である一階部分の間取りは土間に面して整形あるいは食い違いの四間取りとするものが多く、正面に縁を設ける場合もある。蚕室である二階・三階は間仕切りのない一室とするのが一般的で、蚕棚の規格に合わせた空間を確保するため、どの建物もほぼ同一の高さとなっているのが特徴的だ。




養蚕農家ならではの特徴を見せる三階建て主屋

 主屋の外観は一階部分を木部が見える真壁造、二階以上は木部を塗り篭めた大壁造とし、梁の小口を露出するものもある。蚕室を清潔に保つべく二階以上の窓は床面まで窓枠を下げた縦長の「掃出し窓」となっており、また妻壁にも換気口を開けて屋根には「腰屋根」を設けて通気性を高めている。これら養蚕に不可欠な換気設備のことを地元では「抜気(ばっき)」と呼んでおり、但馬地域における養蚕農家ならではの外観的特徴となっている。二階の腰には通し庇が付けられており、掃出し窓の下部はその軒下にまで切れ込むのが通常であるが、養蚕が廃れると二階は居室として使用されるようになり、掃出し窓の下部を塞いで横長の窓に改め、今に見られる姿となった。




二宮神社では毎年8月16日に「ざんざこ踊」が奉納される

 集落西側の山腹には二宮神社が鎮座している。文政11年(1828年)に建立された本殿を中心とする社殿が建ち、そのさらに上段には18世紀中頃までに築かれたと推定される大福地観音堂が構えられている。拝殿前の広場では、毎年8月16日に「ざんざこ踊」が奉納されている。江戸時代初期に流行したカガミと呼ばれる病気を治める為に、地元の庄屋が慶安2年(1642年)に伊勢へと参拝し、その帰途で奈良の春日神社で見習った踊りを氏神に奉納したのが始まりであると伝えられており、「大シデ」と呼ばれる大太鼓を背負った四人の中踊りを中心に大勢の踊り子が囲みんで古式に乗っ取り輪舞するもので、まるで鬼が宴を催しているような様子から「鬼踊り」とも呼ばれている。

2017年11月訪問




【アクセス】

JR山陰本線「八鹿駅」から全但バス「明延・自然学校前」行きで約40分、「大屋」バス停で「奥若杉」行きに乗り換えて約2分「大杉」バス停下車すぐ。「大屋」バス停から徒歩約25分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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【参考文献】

・「月刊文化財」平成29年8月(647号)
重要伝統的建造物群保存地区の選定について(平成29年5月19日)|文化庁
大杉ざんざこ踊|やぶ市観光協会