文殊院西古墳

―文殊院西古墳―
もんじゅいんにしこふん

奈良県桜井市
特別史跡 1952年指定


 奈良盆地の南東部、桜井市にたたずむ華厳宗の仏教寺院、文殊院。一般的には安部文殊院と呼ばれるその寺は、飛鳥時代に朝廷の高官として活躍した有力豪族、安部氏の氏寺として創建された古刹である。文殊院という名の通り、文殊菩薩を本尊としているが、その像は鎌倉時代の代表的仏師である快慶(かいけい)によって刻まれたものであり、山形県大聖寺の亀岡文殊、京都府天橋立の切戸文殊と共に、日本三文殊の一つに数えられている。そんな文殊院の境内には、安部氏の墓とみられる古墳が二基存在している。そのうち西古墳と呼ばれる古墳の石室は、丁寧な研磨が施された切石によって組み上げられており、類稀なる切石造石室の傑作として特別史跡に指定されている。




江戸時代の寛文5年(1665年)に建立された文殊院本堂(重要文化財)

 文殊院は古くは安部寺と呼ばれ、その創建者は大化の改新後に左大臣となった安倍倉梯麻呂(あべのくらはしまろ)とされる。当初は現在地より約300メートル南西に位置しており、その跡地からは法隆寺式の壮大な伽藍が確認されている。また7世紀の古瓦も出土しており、同じく桜井市に跡地が残る古刹、山田寺と同時期の創建である事が分かる。平安時代には、陰陽師として有名な安倍晴明(あべのせいめい)が陰陽道の修行をしたといういわれも残るものの、平安時代の末期になると衰退してしまい、鎌倉時代には大火によって伽藍を焼失。その後、二基の古墳が残る現在地へと境内を移し、復興したという。なお、この安部寺の旧境内地は、安部寺跡として国の史跡に指定されている。




文殊院境内に残る、室町時代後期建立の白山神社本殿(重要文化財)

 現在地に移転後は、大和十五寺の一つとして繁栄していったものの、戦国時代の永禄6年(1563年)に兵火を被り再び伽藍を焼失。その後、江戸時代の寛文5年(1665年)に現在の本堂が再建された。本堂に安置されている本尊は、右手に降魔の利剣を、左手には蓮華を持ち、獅子にまたがる渡海文殊形式の文殊菩薩像である。獅子の足から光背の先までの高さは約7メートルにも及び、日本最大の文殊菩薩像としても著名だ。その胎内から発見された造立願文より、承久2年(1220年)に快慶が造立したものである事が判明しており、同じく快慶の作である脇侍の善財童子(ぜんざいどうじ)、優填王(うてんおう)、須菩提(すぼだい)と共に、重要文化財に指定されている。




切石が左右対称に積まれた文殊院西古墳の羨道部分

 本堂の東隣に位置する文殊院西古墳は、7世紀の中期に造営されたと考えられている。その被葬者は、安倍氏の有力者であることはほぼ間違いなく、寺には安部寺の創建者である安倍倉梯麻呂の墓と伝わっている。後世の破壊により墳丘が変形している為、造営当時の正確な形や大きさは不明だ。現在は直径約13.6メートル、高さ約6.6メートルの円墳状に整備されているものの、築造当時は直径25メートル程の円墳であったと推測されている。埋葬施設は被葬者を安置する玄室と、玄室へと至る廊下部分の羨道から成る横穴式石室。玄室が羨道より左右に広がる両袖式である。現在は南に面して石室が開口しており、玄室には弘法大師が刻んだとされる不動明王の石仏が祀られている。




不動明王の石仏が祀られている玄室内部
石積が極めて精密で美しい、類稀なる古墳である

 文殊院西古墳の玄室の規模は、幅約2.9メートル、高さ約2.7メートル、奥行き約5.1メートル。長方体の切石を五段に積み上げ、天井石は一枚石で、内側を削ってわずかに窪ませ、アーチ状に仕上げている。羨道は幅約2.3メートル、高さ約1.8メートル、奥行き約7.3メートル。巨石が一段に並べられており、天井石は三枚の構成である。いずれも良質の花崗岩を切り出し、研磨した上で組み上げられており、古代のものとは思えない程の緻密な石組を見る事ができる。羨道は左右の石の数をそろえて左右対称の景観を作り出している。玄室は石材の幅こそ一定ではないものの、空目彫りと呼ばれる溝を彫り、あたかも均一の大きさの石材を積み上げているように見せている。




閼伽井窟として信仰を集める文殊院東古墳

 文殊院境内の東に位置する東古墳は、西古墳よりも古い7世紀前半に造営されたとされる。こちらもまた破壊を受けており、築造当時の形や規模は不明だが、直径15メートル、高さ5メートル程の円墳、または方墳と推測されている。西古墳と同様、両袖式の横穴式石室が南に開口しており、玄室の幅は約2.5メートル、高さ約2.6メートル、奥行きは約4.8メートル。羨道は幅約1.2メートル、高さが約1.5メートルで、奥行きは約5.5メートルだ。西古墳は切石によって築かれているのに対し、東古墳はほぼ未加工の巨石を積み上げた、比較的一般的な古墳である。しかしながら、その内部からは水がこんこんと湧き出しており、古くから閼伽井窟(あかいくつ)と呼ばれ、信仰の対象とされてきた。

2007年01月訪問
2010年04月再訪問
2011年03月再訪問




【アクセス】

JR桜井線「桜井駅」より徒歩約20分。
JR桜井線「桜井駅」より奈良交通バス「岡寺前行き」で約10分、「安倍文殊院前バス停」下車すぐ<。

【拝観情報】

古墳は拝観無料、本堂内部は拝観料700円。
拝観時間9:00〜17:00。

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