王塚古墳

―王塚古墳―
おうづかこふん
特別史跡 1952年指定

福岡県嘉穂郡桂川町


 福岡県の内陸部、明治時代から戦後にかけて採炭で栄えた筑豊地方。当時は石炭を運ぶ水運で賑わった遠賀川上流域の支流にあたる、穂波川沿いの丘陵上に王塚古墳は位置している。古墳時代後期、6世紀中頃に築かれた王塚古墳は、石室内部に壁画が描かれた「装飾古墳」として有名だ。九州北部に比較的多い装飾古墳の中でも、王塚古墳の壁画は赤・黄・緑・黒・白の5色が用いられており、これは国内の装飾古墳の中で最多の色数である。また壁画のモチーフも、同心円文や三角文といった幾何学的なものから、騎馬像、弓の矢を運ぶ靫(ゆぎ)、太い鞘を持つ大刀、盾といった具体的なものまで多種多様であり、日本を代表する装飾古墳として特別史跡に指定された。




整備される以前、地元の人々により寄進された記念碑と手水鉢
右の石積は墳丘に敷かれていた葺石である

 王塚古墳は昭和9年(1934年)、採炭事業に伴う土取りの作業中に偶然発見された。石室に描かれた彩色壁画は人々を驚かせ、昭和12年(1947年)には国の史跡に指定されたものの、十分な保存対策は講じられず、雨の浸水やカビによって壁画が痛みだした。昭和23年(1948年)には近隣の採炭事業が原因で石室内に複数の亀裂が生じ、さらには王塚古墳の周囲においても石炭の採掘計画が持ち上がり、その存続さえ危ぶまれたという。しかしながら、桂川村の村会議員であった西村二馬(にしむらつぎま)氏をはじめとする地元の人々の尽力によって王塚古墳は守られ、昭和27年(1952年)には特別史跡に指定、その後も調査や整備が続けられ、平成2年(1990年)に現在の姿となった。




南側から見る王塚古墳
前方部が失われているものの、どうにか前方後円墳に見える

 王塚古墳は二段に築成された横穴式石室の前方後円墳である。発見のきっかけとなった採土によって前方部を中心に大きく破壊され、墳丘の半分以上が失われてはいるものの、復原するとその全長は約86メートル、後円部径約56メートル、前方部幅約60メートル、後円部の高さは約9.5メートルにもおよび、周囲には濠と周堤が巡らされている。これは遠賀川流域で最大規模の古墳であり、被葬者は明らかではないものの、この地域を治めていた豪族の墳墓だと推察できる。墳丘の下段部は地山を削り出して築かれ、上段は黄色土と黒色土を交互に突き固めた版築(はんちく)となっている。表面には土砂が流れないよう葺石が敷かれ、円筒埴輪や蓋(きぬがさ)形埴輪を並べていた。




石室のレプリカが展示されている王塚装飾古墳館

 石室は主軸線を後円部の中心に向けて築かれ、くびれ部に近い北西側に入口を設けている。前室と後室に分かれ、前室は幅2.8メートル、奥行き1.97メートル、高さ2.17メートル、後室は幅3メートル、奥行き4.43メートル、高さ3.72メートル。全長は6.75メートルと、石室の規模でも遠賀川流域で最大級を誇る。後室は遺体を納める玄室であり、その奥には2体用の石枕が設えられた「石屋形」が据えられ、手前には一対の灯明台と考えられる板石が置かれている。石屋形の上方には奥壁から板石が突出する「石棚」が築かれ、また前室と後室を繋ぐ通路の上方には「小窓」が設けられている。「石屋形」「石棚」「小窓」の三つを併せ持つ例は珍しく、石室構造における王塚古墳の特徴となっている。




レプリカ前室の壁画(パンフレットより)

 石室の主要部分は地元で採れる花崗岩を用いているが、石屋形や枕石、灯明台といった加工が必要なものについては、八女地方で産出される柔らかい阿蘇泥溶岩を使用している。壁画による装飾は石室のほぼ全面に渡って施されており、中でも後室への入口にあたる前室奥壁左右に描かれた5頭の「騎馬像」は、面繋(おもがい)や尻繋(しりがい)、手綱、鞍を装着しており、描写が詳細である。騎馬像の周囲には、まじないの図文と思われる「わらび手文」や、王塚古墳を含めて三つしか例がない「双脚輪状文」が描かれ、また後室の壁や石屋形には幾何学的な「三角文」を中心に武具などが描かれており、棚石や天井には星と思われる黄色の円紋が施されている。




王塚装飾古墳館の敷地には、竪穴式石槨の古墳が二基存在する
いずれもその場所に築かれたものではなく、桂川町内から移築されたものだ

 壁画に用いている顔料は、赤がベンガラ、黄色は黄土、緑色は海緑石からなる緑土、白色は白色粘土、黒色は高濃度のマンガン化合物を含む粘土である。壁画が描かれている古墳は飛鳥時代に築造された高松塚古墳やキトラ古墳が有名であるが、それらの「壁画古墳」は下地に漆喰を塗り、顔料も辰砂(しんしゃ)や群青といった岩絵具を用いている。壁画のモチーフも大陸由来のものであるなど、王塚古墳をはじめとする古墳時代後期に築造された「装飾古墳」とは系統が異なるものである。なお、王塚古墳は未盗掘の古墳であったことから石室から武具や馬具、鏡や装飾品が数多く出土しており、それらの遺物は昭和31年(1956年)に重要文化財に指定された。

2014年09月訪問




【アクセス】

JR筑豊本線「桂川駅」から徒歩約10分。

【拝観情報】

外観は見学自由。毎年4月と10月に古墳内部の特別公開あり。

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