―安楽寺八角三重塔―
あんらくじはっかくさんじゅうのとう
長野県上田市 国宝 1952年指定 長野県上田市の中心部より、南西の別所温泉にかけて広がる塩田平(えんでんだいら)。そこは鎌倉時代、源頼朝によって地頭が置かれた要の地である。北条氏が政権を握ってからも、塩田平を重要視する姿勢は変わらず、鎌倉幕府第2代執権、北条義時(ほうじょうよしとき)の三男である北条重時(ほうじょうしげとき)を守護に置くなど、重要な拠点として機能していた。その塩田平の最も奥まった所にある別所温泉は、今もなお北条氏の庇護を受けた寺院が数多く残る場所であり、信州の鎌倉と称されている。中でも信州で初めて建てられた禅寺である安楽寺には、日本に現存する唯一の木造八角塔である八角三重塔が残っており、国宝に指定されている。 安楽寺の創建は奈良時代の天平年間(729〜749年)、行基(ぎょうき)によるものと伝わるが、それは伝説の域を出ない。史実がはっきりするのは鎌倉時代以降、宋に渡った信濃の僧侶、樵谷惟仙(しょうこくいせん)が、安楽寺を臨済宗の寺院として中興してからである。樵谷惟仙は同じ船で宋から来日した、建長寺の創建者である蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)とも交流が深く、安楽寺は建長寺と同等の格を有するなど、建長寺と共に仏教の中心を担う一大寺院であった。その後、鎌倉幕府が滅びるのと共に寺勢は衰えてしまったが、天正8年(1580年)に曹洞宗の僧侶である高山順京(こうざんじゅんきょう)が寺の再興を図り、曹洞宗の寺院として現在まで存続した。 長い石段を登り、山門をくぐると、正面に見えてくるのが安楽寺の本堂である。その巨大な台形方の屋根は、かつては同じく別所温泉に残る常楽寺の本堂と同様、茅葺の屋根であった事の証である。堂内には安楽寺の本尊である釈迦如来と、その左右に脇侍の文殊菩薩と普賢菩薩が鎮座している。本堂を左に進むと、寛政16年(1784年)に宇治の萬福寺から購入した経蔵が建ち、その内部には一回転させると内部に収納された経を読むのと同じご利益が得られるという回転式の書架、輪蔵(りんぞう)が納められている。経蔵の右手を奥へと進み、さらに石段を登っていくと、木々の間から徐々に八角三重塔がその姿を表してくる。 八角三重塔は、その名の通り八角形の屋根を持つ三重塔である。高さは約19メートルで、こけら葺き。三重塔という割にまるで四重の屋根を持つような外観であるが、これは初重に巨大な裳階(もこし)が付けられている為である。裳階は建築構造的には屋根ではなく、庇にあたるのだ。建築様式は禅宗様。禅宗様は唐様とも言い、その名の通り中国から伝わった寺院建築の様式である。この塔では、放射状に並べられた垂木(たるき、屋根の下地として並べられる部材)や、軒を支える組物が柱の間にもびっしり詰められている詰組(つめぐみ)、初重上部の弓欄間(ゆみらんま)や、各層に設けられた連子窓(れんじまど)など、随所に禅宗様の特徴を見ることができる。 塔の内部もまた禅宗様の様式に則って作られている。初層内部には八本の丸柱が立てられており、それらは上層まで達して建物を支えている。柱の下には石でできたの礎盤(そばん)が敷かれているが、これは柱の高さを調節する役割がある。柱の外側と内側で外陣と内陣に分かれており、外陣は土間、内陣は一段高い板張だ。そしてその中央には八角の須弥壇が据えられ、禅宗寺院にしては珍しく大日如来座像が安置されている。天井は二段構えの鏡天井(平らな板を張った天井)になっているが、これもまた珍しい。この八角三重塔は、外部も内部も、その細部に至るまで、禅宗様を忠実に守って建てられている。このような純禅宗様の塔は、日本ではこの安楽寺八角三重塔の他には存在しない。 日本において、木造八角塔の例は極めて少ない。かつては奈良の西大寺や、京都の法勝寺に存在していた記録が残るものの、現存するのはこの安楽寺のものだけだ。一方、中国では塔と言えばむしろ八角塔が主であり、宋や元の時代のものも数多く現存している。その事からこの安楽寺八角三重塔は、樵谷惟仙に次いで住職となった宋出身の幼牛恵仁(ようぎゅうえにん)が、祖国の八角塔を思い描いて建てた可能性が高いという。それを裏付けるかのように、2004年に行われた木材の年輪年代調査の結果、初重の海老虹梁に正應2年(1289年)に伐採された木材が使われている事が判明した。幼牛恵仁のいた鎌倉時代後期に建てられたという事が、科学的にも裏付けられたのである。 2008年08月訪問
2015年05月再訪問
【アクセス】
しなの鉄道「上田駅」から上田電鉄別所線「別所温泉駅」まで約30分、「別所温泉駅」から安楽寺まで徒歩約15分。 【拝観情報】
拝観料300円。 拝観時間は3月〜10月が8時〜17時、11月〜2月が8時〜4時。 ・大法寺三重塔(国宝建造物) ・向上寺三重塔(国宝建造物) Tweet |