―大笹原神社本殿―
おおささはらじんじゃほんでん
滋賀県野洲市 国宝 1961年指定 琵琶湖の南東岸、野洲市と竜王町の境にそびえる鏡山の近隣は、6世紀頃に朝鮮半島から移り住んで来たと見られる渡来人が伝えた須恵器の窯跡や、当時の有力首長の古墳が数多く発見されるなど、古代より人々が暮らしを営んできた地域である。その鏡山付近一帯には古社も多く、東側の綾戸集落には苗村(なむら)神社が、北側の鏡集落には鏡(かがみ)神社が、そして北西麓に位置する大篠原集落の外れには、大笹原神社が鎮座している。いずれも歴史があり、古い建造物が現存する神社であるが、そのうち室町時代中期に建てられた大笹原神社の本殿は、小規模ながらも装飾性に富んでおり、中世神社建築における傑作の一つとして、国宝に指定されている。 大笹原神社の起源は定かではないが、平安時代の寛和2年(986年)には、越知諸実という人物が社領を寄進し、社殿を造営したと伝えられている。その後は近江の豪族である佐々木氏の氏神として信仰を集めてきた。現在に残る社殿は、室町時代中期の応永21年(1414年)に、鏡山近くの古城山に置かれていた岩倉城の城主、馬淵定信が再建したものであるとされる。この馬淵氏は佐々木氏の末裔に当たり、同じく佐々木氏の流れを汲む六角氏の家臣であった。それからは、およそ50年ごとに屋根の葺き替えが行われ、建物は維持されて行く。なお、本来この神社は牛頭天王総社という名であった。大笹原神社という名に改められたのは、明治に入ってからの事だ。 大笹原神社本殿は、桁行三間、梁間三間の三間社であり、正面に一間の向拝が付く。屋根は檜皮葺の入母屋造だ。祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)とその妻である櫛稲田姫命(くしなだひめのみこと)、その二柱から生まれた八柱の子である八柱御子神(やはしらみこがみ)、および宇多天皇(うだてんのう)とその皇子である敦実親王(あつみしんのう)、それと佐々木氏の武将である佐々木高綱(ささきたかつな)である。建立年は前述の通り応永21年(1414年)であるが、これは内部に納められていた棟札によって判明した事であり、またその後に屋根の葺き替えがあった事も、同じく棟札に記されていた。これらの棟札もまた、附けたりとして国宝指定を受けている。 大笹原神社本殿は、要所要所に施された、華麗な彫刻でその名が知られている。組物は出三斗であり、それらの間に据える中備の蟇股には火焔の模様が彫り込まれている。建具は格子に花模様をあしらった花狭間の格子戸で、その上部の欄間にも透かし彫りを見ることができる。また、本殿側部に立つ脇障子には花模様の浮き彫りが施されており、これもまた見事だ。建物内部は外陣、内陣、内々陣に分かれているが、これら内陣や内々陣の欄間なども、逃すことなく彫刻が施されている。このように、大笹原神社本殿は華やかながらも落ち着きのある意匠が特徴的な、東山文化の様式を取り込んだ神社建築として貴重な建造物なのである。 大笹原神社のある大篠原では、昔から粘りの強い良質のもち米が栽培されており、鏡餅の発祥の地とも言われている。また、この辺りは東山道(江戸時代では中山道)の宿場町でもあり、篠原で作られた餅は旅人の腹を満たし、保存食や土産物としても有名であった。大笹原神社本殿の左側には、境内社である篠原神社本殿が鎮座するが、この社は鏡餅の元祖を祀った神社として「鏡の宮」と称され、人々に親しまれてきた。その祭神は鏡作りの神である石凝姥命(いしこりどめのみこと)。建築様式は一間社の隅木入り春日造であり、屋根は檜皮で葺かれている。その建立は大笹原神社本殿と同時期、室町時代中期の応永34年(1427年)である事が、棟札より判明している。 また、大笹原神社境内の東側、本殿向かって右の奥には、「寄倍(よるべ)の池」と呼ばれる池が存在しており、ひっそりと水を湛えている。鬱蒼とした木々に囲まれているこの池は、水深が極めて深い、底無し沼であるとされる。かつて水不足に悩まされた際に、大篠原の人々はこの池に二基の御輿を沈め、水不足解消を祈願した。するとたちまち池から大量の水が湧き出し、それ以降、例え酷い日照りが続いたとしても、この池の水は枯れる事無く水を湧き続けるようになったという。そのような伝説からか、大笹原神社は昔から水神の神社としても信仰を集めており、拝殿の前では幾度と無く雨乞いの神事が執り行われていたと伝えられている。 2010年05月訪問
【アクセス】
JR東海道線「野洲駅」より徒歩約45分。 JR東海道線「近江八幡駅」よりレンタサイクルで約50分。 JR東海道線「草津駅」よりレンタサイクルで約1時間10分。 JR琵琶湖線「野洲駅」より近江鉄道バス「近江八幡駅行き」で約15分、「大篠原バス停」下車、徒歩約15分。 【拝観情報】
境内自由。 ・苗村神社西本殿(国宝建造物) ・御上神社本殿(国宝建造物) Tweet |