般若寺楼門

―般若寺楼門―
はんにゃじろうもん

奈良県奈良市
国宝 1953年指定


 奈良は平城京の東、東大寺境内の西端沿いを南北に通る東七坊大路。その道はさらに北へと伸び、平城山(ならやま)を越えて京都へ至る京街道となる。京街道の入口地点、奈良坂と呼ばれる坂道の上に、秋になるとコスモスが咲き乱れるコスモス寺として名高い真言律宗の仏教寺院、法性山(ほっしょうざん)般若寺が存在する。明治時代の廃仏毀釈によって衰退し、今では住宅街の合間にひっそりたたずむ寺院ではあるものの、かつては壮大な七堂伽藍を備えた有力寺院であったという。その般若寺には今もなお、境内西側を通る京街道に面し、鎌倉時代に建てられた楼門が構えられている。それは他に類を見ない、極めて特異な楼門として稀有の例であり、国宝に指定されている。




石造の十三重塔が象徴的な般若寺境内

 般若寺の創建時期は定かではないが、寺伝によると飛鳥時代の舒明天皇(じょめいてんのう)元年(629年)、高句麗から渡来した慧灌(えかん)という僧侶によって建立されたと伝わっている。奈良時代には平城京の北東、すなわち鬼門を守護する寺院として崇敬を受け、天平7年(735年)には聖武天皇によって伽藍の整備がなされたという。事実、般若寺の境内からは奈良時代の瓦が多数出土しており、少なくともその頃には既に般若寺が存在していた。しかし、その後平安時代末期の治承4年(1180年)、平清盛(たいらのきよもり)の命を受けた平重衡(たいらのしげひら)ら平氏軍によって南都が襲撃された際、般若寺もまた興福寺や東大寺と共に火が放たれ、その伽藍は灰燼に帰してしまう。




京街道に面して建つ般若寺楼門

 般若寺が復興を遂げたのは、鎌倉時代の事である。西大寺の高僧である叡尊(えいそん)によって伽藍の再建がなされ、文永4年(1267年)には本尊である文殊菩薩像の開眼供養が行われた。ただし、この時の本尊は後に焼失しており、現在の本尊は元亨4年(1324年)の作である(重要文化財)。現存する般若寺楼門もまた、叡尊が般若寺を復興したその頃に築かれたものとされる。その後、戦国時代の永禄10年(1567年)にも、三好家の主導権争いによって勃発した「東大寺大仏殿の戦い」において兵火を被り、主要伽藍を焼失してしまったものの、幸いにも楼門は火の手を免れ無事であった。しかし廃仏毀釈を経た近代には寺勢が急激に衰え、寺域も大幅に縮小されてしまった。




一間の下層に比べ、三間でしっかりした意匠を持つ上層部分

 なお、楼門とは二階建ての門のうち上層だけに屋根を持ち、その周囲に欄干を回すなどした門の事だ。同じ二階建ての門であっても、下層にも屋根が付くものは二重門と呼ばれ、楼門とは区別されている。般若寺の楼門は、屋根が入母屋造の本瓦葺き。二本の門柱の前後にそれぞれ一本ずつ、計四本の控柱を設けた四脚門(よつあしもん)形式の門である。すなわち一間一戸(いちげんいっこ)の簡素な造りとなっており、このように楼門でありながら一間幅という門は極めて稀である。上層は柱間に二本の柱を入れた三間幅の作りであり、下層と上層で柱間数が異なる点も珍しい。このように般若寺の楼門は、小規模でありながら極めて独特な構造を採る楼門であり希少性が高い。




出組(でぐみ)の肘木や実肘木(さねひじき)には、繰型(くりがた)の彫刻が施されている

 般若寺楼門の上層には出組の組物が見られ、その全ての肘木に繰型と呼ばれる曲線彫刻が施されている。基本的には日本古来の建築様式である和様を基調としているものの、この繰型は鎌倉時代初期に宋より伝来した大仏様の特徴であり、それよりこの建築はその大仏様が和様と融合する過渡期、鎌倉時代中期頃のものである事が分かる。複雑な組物に徹底した繰型など、非常に見栄えのする建築に仕上がっているが、しかしこの楼門の組物は建築の構造に全く関係が無く、内部はほぼ箱型に簡略化された構造である。つまりこれらの組物は見せ掛けだけの装飾に過ぎず、構造として必要なものではないのである。このような外観の見栄えだけを重視した建築は異例である。




般若寺のシンボル、十三重石塔

 般若寺の本堂の前には、十三重石塔が天に向かってそびえている。これは鎌倉時代における般若寺復興の際、建長5年(1253年)に建てられたもので、般若寺のシンボル的な存在となっている。宋から渡ってきた石工であり、東大寺再建の際にも活躍した伊行末(いのゆきすえ)ら伊派が築いたものであるとされ、重要文化財に指定されている。昭和39年(1964年)の解体修理では、その内部より仏像や舎利器、法華経などが発見され、それらの納置品もまた別途重要文化財に指定された。十三重石塔の傍らには、ややこぢんまりとした経蔵が建っているが、これもまた楼門や十三重石塔と同じく、鎌倉時代の復興時に建てられたとされ、簡素な造りながら重要文化財に指定されている。

2009年01月訪問




【アクセス】

近鉄奈良線「近鉄奈良駅」より徒歩約45分。
JR奈良線「奈良駅」より徒歩約55分。

【拝観情報】

拝観料500円、拝観時間9時〜17時。
なお、楼門の表側だけならば道路から拝観可能。

【関連記事】

石手寺二王門(国宝建造物)
長保寺大門(国宝建造物)