明王院本堂、明王院五重塔

―明王院本堂―
みょうおういんほんどう
国宝 1964年指定

―明王院五重塔―
みょうおういんごじゅうのとう
国宝 1953年指定

広島県福山市


 かつての備後国に属し、現在は岡山県と境を接する広島県東端の都市、福山。その市街地を流れる芦田川の河口には、13世紀から16世紀初頭にかけて、草戸千軒と称される港町が存在していた。瀬戸内の海上交通、芦田川の河川交通、山陽道の陸上交通が交差する交通の要所として草戸千軒は多大に発展したものの、後に河川が運んできた土砂が港に堆積して衰退。さらにその町の遺構も、昭和初期に行われた芦田川の川筋を変える治水工事により破壊されてしまった。しかしながら、今もなお芦田川の西岸に存在する明王院の境内には、草戸千軒の全盛期である鎌倉時代の本堂と、室町時代前期の五重塔が現存しており、往時の繁栄を偲ぶ事ができる。




本堂は和様に禅宗様と大仏様を取り入れた折衷様である
外観は特に禅宗様が色濃く、大きく沿った屋根は禅宗様の特徴だ

 寺伝によると、現在の明王院の前身にあたる常福寺は、弘法大師空海によって807年(大同2年)に開かれたとされる。空海の伝承は定かではないが、本尊の木造十一面観世音菩薩立像(重要文化財)は平安時代前期に刻まれた檜の一木造であり、寺院の創建もその頃にまで遡ると考えられる。かつて、明王院と呼ばれる寺院は常福寺の対岸、芦田川の東岸に存在し、常福寺と共に栄えていた。しかしながら、明王院は草戸千軒町と共に衰退し、江戸時代に福山藩の第三代藩主、水野勝貞(みずのかつさだ)の命によって常福寺に吸収された。その際に明王院という名を受け継ぎ、現在の寺名になったという。その後も、明王院は歴代福山藩主の庇護の下に存続し、現在に至る。




禅宗様の木鼻、大仏様の双斗が見られる
また柱も、上下が丸くすぼんだ禅宗様の粽柱(ちまきばしら)である

 現存する明王院の本堂は、元応3年(1321年)に建立された事が墨書より判明している。その規模は桁行五間に梁間五間で、屋根は本瓦で葺かれた一重の入母屋造。前面に一間の向拝が付属している。日本古来の建築様式である和様を基調としながら、長押ではなく貫を用い、その貫が突き出た木鼻や、出組の拳鼻には禅宗様の意匠が見られ、また中備には和様の間斗束に大仏様の双斗が乗る。建具も鎬(しのぎ)がついた大仏様の桟唐戸であるなど、鎌倉時代に宋から日本に伝来した禅宗様、大仏様を取り入れた、折衷様の仏堂である。早い時期における折衷様建築の好例として、尾道の浄土寺本堂と共に、建築様式の混合過程を示す基準作とされ、国宝に指定されている。




二重虹梁を大瓶束で受けた妻飾は禅宗様のものだ
その中央には連子窓が開いている

 本堂の内部は、前より二間を礼拝の為の外陣、後ろより三間を仏像を置く為の内陣とし、内陣のうち両端間を脇陣とする。外陣と内陣の間は、格子戸と菱欄間によって厳密に区切られているが、これは中世密教仏堂の典型である。特徴的なのは外陣の構架であり、虹梁を前後に渡した上に蟇股を乗せてさらに虹梁を架け、天井の一部を唐破風のような曲線を付けた輪垂木天井としている。この輪垂木天井は、江戸時代に入ってから黄檗宗の寺院において見られるようになるものの、中世では他に例が無く、この明王院本堂が唯一のものである。また、内陣には本尊を安置する為の春日厨子が安置されているが、これは本堂の附けたりとして国宝に指定されている。




極めて美しいプロポーションの、明王院五重塔

 本堂の左手に聳え立つ五重塔は、本堂よりやや時代が下った貞和4年(1348年)のものである。本堂は折衷様であるのに対し、この五重塔は和様のみで建てられており、南北朝時代を代表する純和様の建築として名高い。その総高は29.14メートルで、非常に整った美しいシルエットを見せる。いずれの層も、中央間は両開きの板戸であり、脇間には連子窓をはめ、周囲には擬宝珠の付いた欄干を巡らしている。初層には四天柱を立て、心柱は初層天井から立っている。天井は組入天井(くみいりてんじょう)で、床は拭板敷(ぬぐいいたじき)だ。初層中央には漆塗りの和様須弥壇が置かれ、南北朝時代に作られた大日如来坐像と、その脇侍が安置されている。




五重塔の初層部分
純和様を貫いた五重塔の傑作である

 この五重塔の最たるところは、内部に描かれた極彩色の壁画であろう。壁や四天柱、天井には、仏画や文様が色鮮やかに施されており、それは今もなお鮮明である。また、須弥壇背後の来迎壁には、その表に五大虚空蔵菩薩図が、裏には弥勒菩薩浄土図が描かれていたが、それらは江戸時代の明暦年間(1655〜1658年)に皇室へ献上され、現在は東京国立博物館に収蔵されている。なお、塔頂に据えられた相輪の伏鉢には「積一文勧進小資 為五重塔婆大功(一文勧進の小資を積み、五重塔姿の大功を成す)」と刻まれている。これはすなわち、民衆の浄財によってこの五重塔が建てられたという事であり、中世の草戸千軒町がいかに繁栄していたのか、その往時の町の姿が偲ばれる。

2007年11月訪問




【アクセス】

JR山陽本線「福山駅」から徒歩約40分。

JR山陽本線「福山駅」から鞆鉄バス新川線(瀬戸経由)で約10分、
「明王台入り口バス停」下車、徒歩約10分。

【拝観情報】

境内自由。

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