神谷神社本殿

―神谷神社本殿―
かんだにじんじゃほんでん

香川県坂出市
国宝 1955年指定


 瀬戸内を望む景勝地、五色台(ごしきだい)。香川県を東讃と西讃に分かつその山塊は、いくつもの峰々が立ち並ぶ溶岩大地である。その五色台の最西端には、平安時代に弘法大師空海が創建したとされる白峯寺や、讃岐に流されそのまま没した崇徳上皇の陵墓が存在する白峰山がそびえている。神谷神社はその白峰山の西山麓に形成された、谷間に鎮座する神社である。決して大規模な神社ではないものの、当地の人々の信仰よって支えられ、古くより受け継がれてきた古社である。そこに現存する本殿は、鎌倉時代の前期に建てられた事が判明しており、簡素で素朴ながらも端整な美しさを見せ、また鎌倉時代の建築技法を今に伝える貴重な神社建築として、国宝に指定されている。




拝殿越しに本殿を望む
神谷神社拝殿は昭和2年の火事で焼失し、昭和5年に再建された

 神谷神社が鎮座する谷間は古くより神谷と呼ばれ、そこには影向石(えいこうせき)という名の磐座が存在し、有史以前より信仰の対象として祭祀が営まれてきた。事実、その周囲からは、弥生時代の土器が多数発見されている。神社としての創建は、平安時代初期の弘仁3年(812年)、弘法大師空海の叔父にあたる阿刀大足(あとのおおたり)が、社殿を築いた事に始まるという。延喜元年(901年)に編纂された歴史書「日本三代実録」においても、清和天皇から従五位上の神格が与えられたと記され、また延長5年(927年)に編纂された神社の一覧表「延喜式神名帳」においても、その名が確認できる。地元の信仰を基盤とする小規模な神社ながらも、その歴史は極めて長い。




素朴で簡素ながらも、端整な姿を見せる神谷神社本殿

 神谷神社の祭神は、火結命(ほむすびのみこと)、奥津彦命(おきつひこのみこと)、奥津姫命(おきつひめのみこと)の三柱である。これらの神は、いずれも火を司る荒神であり、穀物や農耕などとも関係が深い。また、家や集落を守る土着的な性質を持つ神でもあり、そこからも、田園が広がるこの地に根差した神社であるという事がうかがい知れる。またこの神谷神社は、白峰寺へと至る登山口の一つに位置している事から、白峰寺の入口を守護する社として、崇敬を集めていた事も考えられる。その後の戦乱の世において、讃岐の古社が次々と戦火にかかる中、その谷間にひっそりたたずむ神谷神社は、火を放たれる事も、朽ちる事も無く、地元の人々によって守られ、現在にまで存続した。




向拝の角柱は、全て面取りがなされている

 神谷神社の本殿は、高さ1メートル程の乱積の基壇に建てられた、桁行三間、梁間二間の三間社(さんげんしゃ)である。屋根は檜皮葺きの流造(ながれづくり、切妻平入の屋根を手前に伸ばし、向拝とした様式)。棟木に書かれていた墨書銘より、鎌倉時代前期の建保7年(1219年)に建てられた事が判明している。築造年が明確な流造の神社建築としては、現存最古のものだ。有力な神社では、一定年ごとに社殿を建て替える式年造替(しきねんぞうたい)を行う所も少なくない。故に古い神社建築は残りにくく、そのような中、鎌倉時代前期にまで遡る例として極めて貴重な存在だ。使用されている木材も、屋根材と板扉の以外のほとんどが建立当時のものであり、古材の現存具合も良い。




神谷神社本殿の妻面
舟肘木(ふなひじき)や豕扠首(いのこさす)など、簡素ながらも端麗な印象だ

 神谷神社本殿の社殿様式である流造は、最古の社殿様式の一つである神明造(しんめいづくり)を発展させたもので、全国で最も多く見られる神社建築である。流造は平安時代初期頃から建てられるようになったと考えられており、その随所に仏教寺院建築の影響を見る事ができる。この神谷神社本殿においては、柱は礎石の上に立ち、それらの柱のうち身舎(もや、建物本体の事)の柱は丸柱、向拝の柱は面取りがなされた角柱である。柱の上には組物が置かれているが、身舎の組物は舟肘木(ふなひじき)、向拝の組物は三斗(みつと)と、いずれも簡素なものだ。また、建物側面の妻面には、妻飾として合掌形に組んだ木材に束を入れた、豕扠首(いのこさす)を見る事ができる。




跳高欄(はねこうらん)は反りが少なく、古式の様相を呈す

 また、背面を除く三方には、跳高欄(はねこうらん)の付いた縁が巡らされている。跳高欄とは、突き出した水平材の端が反り上がる高欄の事だが、この跳高欄は反りが極めて小さい。これは、古式に見られる特徴である。他にも、丸柱の仕上げに槍鉋(やりがんな)を用いていたり、楔(くさび)で割った木材を長押に使用していたり、また身舎柱と庇柱を繋ぐ繋虹梁が長押に付くなども、古式の特徴である。神谷神社に残る本殿以外の文化財として、木造随身立像がある。随身像とは仏教寺院における金剛力士像にあたるもので、金剛力士像と同じく阿形と吽形の二体がセットで存在する。これらもまた本殿の造営と同時期に作られた神像として貴重とされ、重要文化財に指定されている。

2007年11月訪問
2020年10月再訪問




【アクセス】

JR予讃線「坂出駅」より琴参バス王越線で約20分「高屋バス停」下車、徒歩約20分。

【拝観情報】

境内自由。

通常、国宝の本殿は拝殿前から眺める事になるが、事前に電話で申し込んでおけば本殿を間近で拝観させていただける。

【関連記事】

宇治上神社本殿(国宝建造物)
苗村神社西本殿(国宝建造物)