巡礼1日目:ル・ピュイ・アン・ヴレ〜サン・プリヴァ・ダリエ(23.5km)






 朝8時、私はル・ピュイのカテドラル前に来た。カテドラルからはザックにホタテ貝をくくりつけた巡礼者が続々と現れ、坂道を下り巡礼路に消えていく。

 のちに聞いた話によると、このカテドラルでは毎朝7時から巡礼者の為のミサが行われているのだそうだ。この時はちょうどミサが終わった時間か、あるいはミサが終わって一息入れて出発する人が多い時間だったのだろう。私はミサがあった事など露知らず、その時間にはユースホステルの食堂でのんきに朝食を取っていた。

 旅行において、情報というものはやはり重要である。しかし、情報がありすぎると先入観が強く働いてしまうし、発見の喜びを味わえなくなる場合もある。難しいものだ。


カテドラルを後にする巡礼者たち


巡礼路の道標

 なお、ル・ピュイのカテドラルから町を出るまでは、巡礼路の道標が地面に埋め込まれている。これがあるおかげで、複雑な路地でも迷う事なく進むことができるのだ。……と言っても、結構配置がまばらだったりするので、途中で道標を見落として慌てている人も少なからずいたが。


ホタテ貝をあしらった看板

 よし、それではいざサンティアゴへ!私は先を行く巡礼者の後を追い、意気揚々と歩き出した。朝のル・ピュイは穏やかなもので、町は目覚めつつありながらも静謐な雰囲気を保っている。それこそ巡礼者がいなければ、「山間の町」という形容がぴったりな様相だ。

 町の規模もそこまで大きいものではなく、10分程町中を歩くと周囲の風景は郊外のそれへと変化した。まだ足取りが軽いままに長い坂を上り、ふと振り返ってみるとカテドラルの尖塔とコルネイユの丘が目に入る。天気は曇り。少々冷えてはいるものの、坂を上ったおかげでちょうど良く体が温まった。


ル・ピュイ郊外の巡礼路上で町を振り返る


これは巡礼路の道標だ(この意味は左に曲がれ)

 なお、ル・ピュイの町を出てからは、巡礼路の道標は赤と白のマークとなる。赤と白の横線だけなら直進、曲がるべき場所にはマークの下に白い線で指示が記されている。このマークは巡礼路の至る所に描かれており、これをたどっていけば基本的に道を間違える事はない……のだが、このマークを盲目的に信用してしまってはいけないと学んだのは、もう少し先の事だ。

 ル・ピュイからサン・ジャン・ピエント・ポーに至る「ル・ピュイの道」は、地図上には「GR65」という名で記されている。GRは「グランド・ランドニー(Grand Randonnee)」の略で、その意味は、まぁ、「歩くための長い道」というような感じだ。フランス国内にはこのGRが張り巡らされており、サンティアゴ巡礼路はそのうちの一つ、という位置付けである。


風景は牧場風景へと変わる


牧場と巡礼路の仕切りは石垣だ

 ル・ピュイから続く長い坂を上り詰めると、そこからはなだらかな牧場の道となった。遠くに見える山はいまだ雪をかぶっているものの、路肩の桜は既に花を咲かせており、歩きやすい道や風景の良さとも相まって、なかなかゴキゲンである。

 牧場の中を一時間程歩くと、ようやく面前に集落らしい集落、ラ・ロシュ(La Roche)が見えてきた。小さい集落ながらも、石積の家屋が建ち並ぶ町並みが美しい。……と、大層感激したものの、この巡礼路沿いの集落はどこもこんな感じの画になる所ばかり。まだまだ、ほんの序の口であった。


斜面に家が立ち並ぶラ・ロシュの集落


ラ・ロシュから続く谷沿いの巡礼路

 ラ・ロシュは深い渓谷の上部に位置しており、ここからしばらく谷に沿った荒々しい道を行く。ここがまた壮大な風景で驚いた。

 岩がゴロゴロしているので牧場の道より歩き辛いが、そんな事も気にならないぐらいに良い景色である。……が、景色に見とれてばかりいると、蹴つまづいて谷に落っこちてしまいそうになり危ない。ただでさえ重い荷物に馬鹿デカいカメラを携えており、重心のバランスが悪いのだから。


森に入り、良い感じの橋を渡る


サン・クリストフ・シュル・ドレソンの教会

 谷を過ぎてからはちょっとした森となり、それを抜けると次なる集落、サン・クリストフ・シュル・ドレソン(St-Christophe-sur-Dolaison)に到着した。ここで少し休憩を取り、教会を見学したりピーナッツを食べたりした後、再び歩き出す。

 ここからは再び牧場の風景となり、その中に点在する集落を縫うように行く。吹き付ける風が凍り付くように冷たく、両手は常にポケットの中だ。しまいには雹まで降り出し、その不思議な天気に驚かされる。


いくつかの小集落を抜けていく


モンボネという集落の外れに建つサン・ロッチ教会

 なお、モンボネ(Montbonnet)に着く少し手前、付着した雹を拭くべくカメラを取り出した所、なんと手を滑らせてカメラを地面に落としてしまい、装着していたレンズの根元がベコっと折れ曲がってしまった。一応なんとか撮る事はできるものの、常にレンズの根元を押さえていなければピントが合わないという惨状である。

 初日でのいきなりのハプニング。まだまだ先は長いというのに、こんな調子でやっていけるのだろうかという不安に襲われる。相当に落胆していたのだろう、サン・ロッチ教会で取った昼食も、味はおろか食べたものさえ全く覚えていない。


モン・ボネから巡礼路は山へと向かう


峠の道はぬかるみが酷く靴が酷い事になった


しかし、下りの景色は素晴らしいものである

 歩くペースが違うからだろうか、朝にはたくさん見かけた巡礼者もここまで来るとまばらとなり、初日最後の難所である峠越えでは全く人を見かけなくなっていた。本当にこの道で合っているのだろうか。木々が生い茂る薄暗い峠の中、レンズ故障のショックもあり、いささか心細く感じてしまう。

 しかし、そんな不安も下りに差し掛かった頃にはすっかり無くなっていた。目の前にはどこまでも続く山々の壮大な景観が広がり、また道の先には二人の男性がいるのが見えた。しかも良く見ると、そのうちの片方が路肩で立ち小便をしているではないか。ようやく人を見かけたと安堵したのと同時に、その予期せぬ光景に思わず笑ってしまう。

 余談だが、巡礼路には基本的にトイレが無く(フランスではそこそこ大きな町に公衆トイレが設置されているが、スペインはそれすら無くなる)、この問題はなかなか深刻なものである。男ならこのように何とかなってしまうが、女性の場合は大変だ。


峠を下った先にあるル・シェ


そこから山道を下り、川を渡る


そうしてたどり着いたのがサン・プリヴァ・ダリエ

 ル・シェ(Le Chier)の集落を越えてさらに谷を越え、ようやく初日の目的地であるサン・プリヴァ・ダリエ(St Privat d'Allier)に到着である。ここもまた、尾根の上にへばりつくように建てられた町並みが素晴らしい。

 さて、目的地に着いたは良いけど、一体どうすれば良いものか。そんな事を思っていると、私の前を歩いていた女性巡礼者が「MAIRIE」と書かれた建物に入っていった。何となく気になってついて行ってみると、その建物の中で女性は巡礼手帳にスタンプを押してもらっていた。

 なるほど、巡礼のスタンプはこの「MAIRIE」という所でもらうことができるのか。私もまた「タンポン・シルブプレ(Tampon S'il vous plait、スタンプお願いします)」と巡礼手帳を差し出し、スタンプをいただいた。後から知った事だが、MAIRIEは「マイリー」と読み、役所を意味するのだそうだ。巡礼中はずっと「マイリエ」と呼んでいたが。

 なおフランスのサンティアゴ巡礼において、宿泊はジット(Gite)と呼ばれる簡易宿を使う。ジットによって多少の差はあるものの、基本的には大部屋に普通のベッド、もしくは二段ベッドが並べられた、まぁ、ユースホステルに似た感じだ。


水を出すとなぜか青く光る、謎ギミックが搭載されたジットの蛇口

 しかし、ジットはユースホステルよりも多少安く泊まることができる。……はずなのだが、看板を頼りにたどり着いたサン・プリヴァ・ダリエのジットは素泊まりが無く、朝食付きで20ユーロとユースホステル並みであった。その分、建物は綺麗でフリーWifiも飛んでいるし非常に快適なのだが、これから毎日がこんな調子だったら財政難に陥りそうだなぁ。そんな思いが頭をよぎった。


夕食は村のカフェでいただいた

 夕食は村のお店でパンとかスパゲティとかを買って済まそうかと考えていたのだが、目貫き通りを歩いてもスーパーはもちろん雑貨屋すらなく、しょうがないのでカフェでビールとピザ・セットをいただく事にした。合わせて8ユーロだ。

 予想以上の出費に少々驚かされはしたが、しかしこの「ル・ピュイの道」初日は牧場、谷、森、山と景観の変化が多く、なかなかに楽しい道であった。距離も長すぎず、短すぎず、歯ごたえも少々あり、巡礼の足を作るにうってつけである。