巡礼7日目:サン・シェリー・ド・ブラック〜エスパリオン(22km)






 サン・シェリー・ド・ブラックを出たその先は、急な上りの山道だった。谷間の村に滞在すると、その翌朝はもれなく山登りからのスタートとなるのが大変だ。

 8時を告げる教会の鐘を背中で聞きながら、えっこらえっこら山道を登る。今朝、起床した際にもこの鐘が鳴っていた。……というか、この鐘の音で目が覚めた。静寂な谷間の村には、鐘の音が良く響くのだ。


昨日の山道の続きといった感じの道だ

 程なくして車道に出たと思ったら、前方に小さな集落がその姿を現した。ル・ルクール(Le Recours)という名の集落だ。農家が数軒集まった程度の小集落ではあるが、建物はいずれも立派で、歴史を感じさせるたたずまいである。屋根はこの地方の伝統様式なのだろう、ウロコ状に加工した石板で葺かれている。


ウロコ状の石板が敷かれた屋根

 ル・ルクールからは再び木々が茂る山道を抜け、いくつかの集落を経由しながら広々とした牧場を行く。山の尾根に沿った道なので、アップダウンがあまり無く歩きやすい。


広葉樹なので山道も明るく雰囲気が良い


途中の集落も良い感じだ


その後は広々とした牧場が続く

 牧場を歩いていると、牛がのんびり草を食んでいるのをよく目にする。牛は大変かわいらしい顔をしているが、近くで見ると目の付近に大量のハエがたかっていたりして、この牛は大丈夫なのだろうかとちょっと心配に思う。

 また牧場の道は、基本的に足元がよろしくない。特に水気の多い場所では土がぬかるんでおり油断大敵だ。私はうっかり水たまりに足を突っ込んでしまい、足首まで泥に浸かってしまった。いや、ここは牧場。それは果たして泥なのか、それとも……。

 泥(だと願いたい)は草を擦って落としたが、それでも若干の冷たさと不快感が残っている。さらに少し行くとレストゥラード(L'Estrade)という集落に着いたので、そこで休憩を取り靴を乾かす事にした。タイミングの良い事に、集落内には休憩所が用意されていたのでそこに入る。物置を改装したのだろう、四国遍路の接待所みたいな感じで、コーヒーや紅茶のポット、クッキーやチョコなども用意されていたが、これらは無料ではなく1ユーロの心付けが必要だ。


寒い中、温かいコーヒーはありがたい


振り返ったら鶏がいた

 コーヒーを飲んでいると、突然背後でコケッコッコーと鶏が鳴き非常に驚いた。振り返ってみると、壁のくぼみに鶏が入り込んでいる。「なんだなんだ、お前いたのか」と近づいてみたら、羽をはばたかせて地面に飛び降り、そのままスタスタ走り去ってしまった。このくぼみは鶏の小屋代わりだったのだろうか。あぁ、ゴメンよ、君の安寧を脅かしてしまって。でも、もう少しここにいさせてね。

 足の冷たさも幾分無くなったところで休憩所を出たら、途端に雨が降り出してきた。私の着ているフリースやズボンは登山用で、多少の雨くらいならば弾いてくれるのだが、この時はやや強い雨だったので、ザックからレインウェアを引っ張り出し着込む。雨を理由にレインウェアを上下とも着たのは、これが初めての事だった。


雨の中、山道を下っていく


雨で濡れた狭い坂道を、自転車で駆け下りていく剛の者も

 牧場を抜け木々に囲まれた山道を下っていると、突如背後からチリンチリンと自転車のベルが聞こえてきた。びっくりして背後を振り返ると、自転車が猛スピードで迫ってくるではないか。咄嗟に横に避けた私に、自転車は「メルシー」と言いつつそのまま走り去って行った。

 この狭い山道を、しかも雨に濡れて滑りやすい山道を、あのようなスピードで走って大丈夫なのだろうか。ハンドルを切り損ねたり、タイヤが滑って谷に落ちたりしないのだろうか。いやはや、凄いものである。


雨は止んだり降ったりを繰り返す


サン・コーム・ドルトに到着だ

 谷を下って上り、いくつかの集落を越えてサン・コーム・ドルトという町の手前にまでやってきた。しかし町の中心まであと少しという所で雨が強まり、しょうがないので近くにあった東屋に入り雨宿りをする。ついでに少し早い時間であったが昼食を取る事にした。メニューは今日もまた蜂蜜フランスパンだ。

 パンをもしゃもしゃやっていると、ジョン夫妻とオーノ&クリスティーナが一緒に歩いてきた。私は声をかけ、手を振って挨拶する。彼らを見送った後、しばらくして私もサン・コーム・ドルトの町に入っていった。


ここがまた、素晴らしく雰囲気の良い町だった


入り組んだ路地に建物が建ち並ぶ

随所に塔とかトンネルとかあったり

 サン・コーム・ドルトは思っていたよりずっと素敵な町だった。町の周囲には城壁が巡り、その内側には細い路地が迷路のように張り巡らされている。本当はすぐに次の町へ向かう予定だったのだが、ちょっとだけ見てみようと町をうろついたらさらにもっと見たくなり、結局たっぷり一時間かけて見学する事になった。まぁ、こんな高いクオリティの町並みを見せつけられては、時間ロスもしょうがないというモノだ。

 このサン・コーム・ドルトは、ロット川という大きな川沿いにある町である、ここから17km先にあるエスタンという町までは、このロット川に沿って歩く事となる。そのサン・コーム・ドルトからエスタンまでの区間は、昨日のナスビナルからサン・シェリー・ド・ブラックの区間と同様、世界遺産である。この区間は町並みも良ければ巡礼路の景観も素晴らしい、歩く幸せを体感できる道である。


さらばサン・コーム・ドルト、良い町だった


ロット川沿いの道を行く


途中で車道を外れ、山道に入る


眺望が素晴らしい巡礼路だ

 川に沿ってそそり立つ丘陵は意外にも険しく、空が晴れて気温が上がった事もあって、私は汗だくになりながら必死に登った。大変苦労した道ではあるが、木々が切れた箇所では開けた視界の遠くにサン・コーム・ドルトの町が見えたりと、眺望が素晴らしい。

 午前中の山道と同様、この丘陵もまた登り切った後は尾根沿いの緩やかな道となるので、上り坂が終わってからは純粋に眺めを楽しみながら歩けるのがまた嬉しい。


天気も良いし、最高の気分だ


途中では採石場の跡みたいな所を通る


山頂ではマリア像が鎮座していた

 丘陵の頂にはロット川を見下ろすマリア像が立ち、そこからは次の町であるエスパリオンの町並みを一望する事ができる。頂上に城が建つ山とロット川に挟まれるように広がるエスパリオンは、サン・コーム・ドルトよりもさらに大きな町のようであった。


円錐型の山の裾野に広がるエスパリオン


頂上のマリア像からは坂を一気に下る


町の入口にはペルス礼拝堂が建っていた

 山を下りると、エスパリオンの町外れに広がる公園に出る。そこには12世紀に建てられたロマネスク様式のペルス礼拝堂が建っており、これは巡礼路(サン・コーム・ドルト〜エスタン間)の一部という扱いで世界遺産である。

 巡礼路は公園を突っ切り、さらにロット川沿いに整備されたプロムナードを歩く。程無くして見えてくるのが、エスパリオンの象徴であるヴュー橋(PontVieux)だ。この橋は13世紀に架けられたもので、世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の構成要素となっている。

 これらエスパリオンのペルス礼拝堂とヴュー橋、どちらも同じ世界遺産に含まれるものではあるのだが、そのニュアンスが若干違うのがお分かりになるだろうか。ペルス礼拝堂は巡礼路のおまけとして世界遺産、ヴュー橋の場合は巡礼路とは別の構成要素として世界遺産なのである。非常に分かりにくいが、まぁ、どちらも「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の一部として世界遺産、という事だ。


エスパリオンもまた、ロット川沿いの町である


中世の橋であるポン・ヴュー

 この日はエスパリオンのジット・コミュナルに泊まったのだが、残念な事にそこには顔馴染みのメンバーは誰もいなかった。……というか、そもそもこのジットは宿泊客が異様に少なかった。この町の別のジットに泊まる人が多いのか、あるいはサン・コーム・ドルトで泊まる人が多いのか。まぁ、おかげで四人部屋を一人で使う事ができたのだけど。

 なお、明日は5月1日、メーデーだ。フランスではメーデーはお店が閉まってしまうという事なので、食料を多めに仕入れておく。荷物が多少重くなってしまうが、まぁ、やむを得ない。フランスパンを買いに入ったパン屋ではケーキを注文する人がおり、花屋では白い花を買い求める人がいた。改めて、メーデーは祝うものなんだなぁと実感する。まぁ、日々歩き続けるだけの巡礼者には、あまり関係の無い事なのだけれど。