巡礼8日目:エスパリオン〜エスタン(9.5km)






 朝、朝食を食べ終え出発の準備をしていると、窓からジョン&マイティ夫妻の姿が見えた。私は声を掛けようと思ったのだが、窓の開け方が分からず四苦八苦しているうちに彼らは道の先へと消えてしまった。

 私はジョンさんたちを追いかけるように宿を出た。メーデーの朝は静かなもので、町には薄く霧がかかっている。私はてっきり、巡礼路はヴュー橋を渡るその先に続いているものとばかり思い込んでいたが、地図をよくよく見ると橋を渡らず横切るだけで、道はロット川の左岸に続いていた。


うっかり渡りたくなる橋だが、巡礼路はここを通らない


ロット側の左岸を行く


エスパリオンからしばらくは車道だ

 川沿いのプロムナードを歩いたのち、住宅街を抜けて郊外の車道に出た。霧のおかげで見通しがあまり良くなく、本当にこの道で良いのかいささか心配になったものの、しばらくすると電柱に赤白マークが見えたので安堵した。サンティアゴ巡礼路は、四国遍路と違ってアスファルトを歩く事があまり無い。車道が続いていると、入るべき横道を見逃したのではないかと不安にかられるのだ。

 エスパリオンを出発してから一時間近く歩いていると、前方に教会が見えてきた。なかなか古そうな渋い教会である。地図を見るとサン・ピエール教会とあった。ちょっと中を見てみたい。私は扉に手を掛けようとしたところ、ちょうど中から夫婦の巡礼者が出てきた。彼らが言うには、ぜひとも塔に上るべきだという。


ひっそりたたずむサン・ピエール教会


塔の上には礼拝堂があった


柱頭には見事な彫刻が施されている

 彼らに促されるまま暗い螺旋階段を上って行くと、すぐに天井の高い部屋に出た。半円アーチの窓と梁を持ち、柱の上には彫刻が施されている、なかなかに素晴らしいロマネスク様式の礼拝堂である。薄暗い室内には神秘的な空気が立ち込めていた。

 これは良いモノを見せていただいたと、ホクホク顔で教会を後にする。いまだ興奮覚めやらぬままサン・ピエールの集落を越え、やや急な山道に入った。


サン・ピエールの集落を抜ける


山を登って行くと、ようやく霧が晴れてきた


坂を登り詰めてからは、眺めの良い牧草地を行く

 息を切らせつつ山を登って行くと、途中でオーノ&クリスティーナが追い付いてきた。話を聞くと、彼らもまた昨夜はエスパリオンに滞在していたのだそうだ。ジット・コミュナルは混むのが常なので、それを避けて私営のジットにしたのだという。……昨夜のジット・コミュナルはガラガラだったのだが、さすがにその事実を伝える気にはならなかった。

 山を登り切ってからはいつも通りの牧場が広がっており、その後は再び急な下り坂となった。坂を下りて視界が開けると、遠くに立派な教会が建っているのが見える。その手前の広場では、休憩を取る巡礼者の姿があった。


休憩にちょうど良いトルドゥー教会


この辺りは歩きやすい平地である

 トルドゥー教会からは畑や牧場が広がる平地を歩き、ヴェリエール(Verrieres)という集落に辿り着いた。なかなか趣深い建物の多いこの集落を歩いていると、白いドレスを着ておめかしした女の子を見かけた。これもまた、メーデーならではの光景なのだろう。


チャーミングな建物が多いヴェリエール


小川に架かる橋までもがかわいらしい


ロット川沿いの道を行く

 ヴェリエールからはロット川を眺めつつ歩き、しばらくしてエスタン(Estaing)に到着した。滔々と流れるロット川の向こう岸に見えるその村は、あまりに絵になりすぎて思わず声を上げそうになった程である。こ、これは素晴らしい村だ!

 丘の上にそびえる城と、ロット川に架かる大きな橋を中心に、風情ある町並みが広がっている。決して大きな村ではないが、それが逆にまとまった風致を形成しており、ロット川や背後の山並みと相まって、素晴らしい景観を見せている。


一目見て凄いと思った、エスタンの風景


橋の中間点では彫像と十字架が通行者を見守っている

 後から知った話であるが、フランスには「フランスで最も美しい村」という認定制度があり(「人口2000人以下」「文化財を二つ以上有している」「景観の美化に努めている」といった条件を満たす村が認定されるらしい)、ここエスタンはその認定を受けた村なのだそうだ。確かにこの光景を見れば、なるほどと頷くしかない。

 ちなみに、昨日訪れたサン=コーム=ドルトや、エスタンから少し先にあるコンクもまた「美しい村」の認定を受けている村だ。さらに「ル・ピュイの道」後半にも「美しい村」は数多く、この巡礼路はいわば「美しい村」を巡る道でもある。


かわいい建物が並ぶエスタンの目抜き通り

 エスタンに到着したのは正午であったが、町並みを眺めながら昼食を食べているうちに「今日はもうここまでで良いや」という思いがフツフツと湧き上がってきた。まだ10km程しか歩いていないが、まぁ、今日はメーデーで特別な日だし……というワケで、私は宿に入ろうとジット・コミュナルに向かった。しかしながらその玄関は固く閉ざされており、押しても引いても開いてくれない。まぁ、まだ時間が早すぎるからなぁと踵を返そうとしたその刹那、窓から若い女性が顔を出した。

 その女性が言うには、ここに泊まるなら「LA MALLE AUX」というお店に行けとの事だ。どうやら、そこがジットの受付であるらしい。その名前のお店は町の入口近くに見つけたものの、店内は真っ暗で入口の扉も閉まっていた。時計を見ると、時間は14時を回ったところである。フランスでは14時くらいから16時くらいまで、ランチタイムとして大抵のお店は閉まってしまう。なのでこの時間に開いていないのはまぁ普通の事であるが、今日はメーデーだし、いささか心配になる。

 とは言え悩んでいてもしょうがないので、とりあえずランチタイムが終わるまでの時間を潰すべく、私はエスタンの町をうろついてみる事にした。


丘の上に建つサン・フルーレ教会


教会の向かいにそびえるエスタン城


裏路地とかも、いちいち絵になる

 エスタンのシンボルであるエスタン城は、15世紀から16世紀にかけてデスタンという貴族によって建てられたのだそうだ。ロット川に架かる橋もまたこの城と同時期である1511年に架けられたもので、エスパリオンのヴュー橋と同様、世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の構成要素となっている。

 また城の向かいに位置するサン・フルーレ教会もその時期のもので、教会の手前に立つ1524年の十字架と共々、巡礼路(サン=コーム=ドルト〜エスタン間)の一部という扱いでこれらもまた世界遺産である。

 そのような歴史的建造物を見学したり、複雑に張り巡らされている路地をうろうろしながらノラ猫と戯れていたりしていると、時間はあっという間に16時を過ぎた。先ほどのお店に戻るってみると、ちゃんと扉が開いていて一安心。よかった、メーデーであっても休みじゃなかった。


教会の建物を改装したジット


寝室はベッド二台ごとに仕切りが立つ

 お店のマダムに宿泊料金10.5ユーロを払い、ジットの玄関を開ける為の鍵を受け取る。エスタンのジット・コミュナルは教会の建物を改装したもののようで、石造の立派な外観だ。ベッドルームは大部屋だがベッド二台ごとに仕切りがあるので、居心地もなかなか良い。

 シャワーを浴びて服を洗濯をした後、私は再び町へ出た。橋の袂を歩いていると、背後から「タケ!」と私の名が呼び掛けられる。慌てて声のした方を向くと、カフェでビールを飲むオーノとクリスティーナがいた。一緒に飲もうと誘われたので、私もまたウェイターにビールを注文する。


カフェで休むオーノ&クリスティーナ

 私と同様、彼らもまたエスタンの美しい町並みを気に入ったそうで、クリスティーナはここに家を買いたいとすら言っていた。

 大学生であるオーノはもうじき学校が始まってしまうらしく、この先のコンクで巡礼を中断し、バスでオーストリアまで帰るそうだ。クリスティーナは「ル・ピュイの道」の終点であるサン・ジャン・ピエント・ポーまで行くという。ヨーロッパの人は、サンティアゴ巡礼も国内旅行感覚。数回に分けて歩けるのが羨ましい。

 クリスティーナに明日はどこまで行くのかと聞かれたので、エスタンから20km程先の「エスペラック」と言ったところ、二人も同じ予定だったらしく「じゃぁ、一緒にジットの予約してあげる」との事。クリスティーナは携帯電話を取り出したと思いきやフランス語でペラペラしゃべり、あっという間に三人分のベッドを確保してくれた。聞くところによると、彼らは初日に入ったジットが満室で困り、それ以降は必ず予約を入れているらしい。

 ジットは予約が可能である。いや、むしろ予約しておくべきもの。彼らは私にその事を教えてくれた。