巡礼11日目:コンク〜リヴァンアック・ル・オー(24km)






 ……寒い。何でこんなに寒いんだ。朝6時、私は異様な寒さを感じて目を覚ました。毛布にくるまったまま上半身を起こすと、なんと窓が全開になっているではないか。私は立ち上がると窓を乱暴に閉め、そのまま部屋を出て洗面所で顔を洗った。

 私は不機嫌だった。昨夜私が寝付いた11時くらいに何人かの宿泊者がドタドタ帰ってきて、しかもあろう事かしばらくガヤガヤ雑談していたのだ。それに加えて今朝の全開窓事件である。苛立った私はまだ誰も起きてこないうちにキッチンで朝食を取り、いつもよりかなり早い7時ちょうどに宿を出た。

 コンクの町から出る例の橋に差し掛かった時、ふとオーノの事が頭によぎった。オーノとクリスティーナは昨夜は別のジットに泊まったようで、結局エスペラックで別れたきり会っていない。このコンクで巡礼を終えるオーノに挨拶くらいしたかったのだが……まぁ、残念であるがしょうがない。


朝から急な山道を登る


凄い所に礼拝堂を建てたものだ

 昨日コンクの町並みを眺める為に少しだけ登った巡礼路を、今日はさらに先へ進む。途中の斜面には小さな礼拝堂がひっそりたたずんでおり、険しい谷の土地ならではの情緒を醸し出していた。

 谷の下部から中腹にかけては木々の繁ったいかにもな山道であったが、上部は高木が無くなりゴツゴツとした岩が露出する道となった。それを登り詰めた後は、もはやすっかりおなじみの牧場地帯だ。


見慣れた牧場の風景が続く


途中で会ったスペイン人のおじいさん

 この牧場地帯で、私は一人のおじいさん巡礼者と出会った。歩くペースが速いこのおじいさん、抜かされ間際に「ボンジュー」と挨拶したら、おじいさんは「ブエン・カミーノ」と返してくれた。おぉ、スペイン人なのか。

 「ブエン・カミーノ」とは、「良い巡礼を」という意味のスペイン語であり、スペイン国内のサンティアゴ巡礼路において頻繁に用いられている巡礼者同士の挨拶だ。フランス語だと「ボン・シュマン」であるが、この言葉はフランスの巡礼路ではあまり用いられておらず、巡礼者同士の挨拶であっても「ボン・ジュール」を使うのが一般的である。

 スペインに入れば毎日のように使う「ブエン・カミーノ」、私がその言葉を初めて聞いたのは、まさにこの時であった。


この辺りは切妻屋根の家が多い


倉庫も三角形でなかなか面白い


谷間の山道を下って行く


下った後に上るのはもはやお約束


いくつかの谷を越えて着いた集落で昼食を取る

 平地の牧場を歩いた後は、いつものごとく谷の山道である。そして谷を登ると再び平地の牧場となり、集落にたどり着く。この「ル・ピュイの道」前半では、基本的にこのパターンの繰り返しだ。

 相変わらず景色は良いし、別にこのパターンが悪いというワケではないのであるが、そろそろ景観の移り変わりに変化が欲しくなってきたなぁと思い始めてきた。


またまた牧場の道が続く


眼下には大きな町が見えた

 地図によると、この牧場地帯を抜けた先にあるのはドカズビル(Decazville)という町である。地図上でもかなり大きな町として記されているが、山の下に広がる町並みを実際に目にすると、それは想像よりも遥かに大きく、ル・ピュイの町と同じくらいの規模があるように思えた。

 牧場の道は程無くしてアスファルトの道路に変化し、またその両側には住宅がポツリポツリと表れ出す。大きな町に付随する、典型的な郊外住宅地といった感じである。


なかなか凝った巡礼路(GR65)の標識


昨日のWi-fiおじさんと、一輪車のおじさん

 ドカズビルへと下るその途中では、一輪車を引いて歩くおじさん巡礼者に会った。その隣には、昨夜私にWi-fiの事を訪ねてきたおじさんが一緒にいる。

 一輪車とはまた歩き辛そうにも思うが、それが意外とそうでもないらしく、一輪車おじさんは舗装道路も未舗装の山道も、臆することなくこれでガンガン突き進んでいた。このような一輪車は、腰が悪く重い荷物を背負えない巡礼者が利用するようである。


とりあえず、ドカズビルに到着

 およそ14時半、私はドカズビルに到着した。この町は山の上から見た通り、非常に大きく範囲が広い。町の中心部には大きな建物が建ち並び、幅の広い道路には数多くの車が行き交っている。これ程たくさんの車を見たのは、巡礼を始めてから初めての事だ。……しかし、どうにも落ち着かない。

 当初の予定では、この日はこのドカズビルに泊まろうと思っていたのだが、実際に到着してみるとこの町に泊まりたいという気がイマイチ湧いてこないのだ。それはこの町があまりに普通すぎる為か、私の手に余る規模である為か。いや、その両方だろう。

 結局、私はオフィス・ド・ツーリズモで巡礼手帳にハンコをもらい、それから郵便局のATMで心許なくなってきた現金を補充しただけで、すぐにドカズビルの町を後にした。


ドカズビルからは再び上り坂である


途中の民家では飲み水のサービスが

 ドカズビルの町からせり上がる急な坂道を登って行くと、民家の軒先に「EAU POTABLE(オー・ポタブル)」の表記があった。これは「飲み水」という意味であり、要は巡礼者に水を提供して下さっているのだ。長い坂道の途上、大変有難いご厚意である。ちょうどこの時は手持ちの水が切れていた事もあり、ガブガブ飲ませていただいた。


尾根沿いの舗装道路を進む

 この区間は山とは言えど、下り以外は舗装されており尾根の道沿いには住宅も多い。あくまでもドカズビルの延長といった感じの道である。途中からは雨も降り出し、やや鬱々とした気分で山を下って行くと、程無くしてロット川とリヴァンアック・ル・オー(Livinhac-le-Halt)の町並みが見えてきた。


山を下るとロット川が見えた


橋の対岸にあるのが、リヴァンアック・ル・オーである

 リヴァンアック・ル・オーは丘の上の教会を取り巻くように広がる町で、なかなかに雰囲気が良い。時間も16時を過ぎていたので、今日はここに泊まる事とした。ところが、いざジット・コミュナルに行ってみると、既にベッドは満員。雨が激しくなる中、私はとぼとぼ路地へと戻る。

 しょうがないので町の入口まで引き返し、そこに立っていた地図を見て私営のジットを探した。一番近い所にあったジットを訪れてみると、なんとか一つだけベッドが空いていた。ギリギリの滑り込みセーフである。


ベッドルームはこの塔みたいな建物の中


内部は少々狭いが清潔で悪くない

 このジットは食堂やシャワーなどは主屋にあるものの、ベッドルームは門の横に建つ石造の小さな建物であった。元は見張り塔か、あるいは蔵だったものだろうか。内部は三階建てとなっており、各階にそれぞれベッドが二つずつ置かれている。少々手狭ではあるが、まぁ、内装はなかなか綺麗でインテリアもシャレており、良い感じである。

 シャワーを浴びて洗濯を済ませたら、良い具合に雨が止んでくれたので、私は再び町の中心に戻りスーパーで買い物をした。


スーパーとは言うものの、コンビニ規模であるが

 スーパーを出て宿に戻ろうとしたら、突然「タケ!」と声を掛けられた。聞き覚えのあるその声に驚き振り返ると、そこにはベンチに腰掛けるクリスティーナの姿があった。おぉ、彼女もまたこの町に来ていたのか。話を聞くと、どうやら明日の宿を予約していた所だったらしい。……宿の予約か。やはり私もそろそろ、それを考える時期に来たのかもしれない。今日の宿確保も危ない所であったし。

 宿に戻って夕食を作る。いつもと同じスパゲティであるが、ここのジットは調味料が豊富に揃っていた為、ソースに色々なスパイスをぶちこんでみた。テキトウな目分量であったもののこれが意外に功を奏し、味に深みが出て大変おいしかった。