巡礼23日目:ラレシングル〜オーズ(28.0km)






 キャンピングカー泊の朝は、防寒と防音に難があった。キャンピングカーとは言え車のボディはどうしても熱伝導が良すぎてしまうらしく、漂う冷気が足先からじんわりと体温を奪っていく。さらには車のすぐ側から時折聞こえる「ケーッケッケッケ」という不気味な鳴き声。すわ、何だこの声は。猿の威嚇か、あるいは悪魔の呼び声か。


その正体は七面鳥だった

 6時半にのっそりと体を起こして外に出てみると、キャンピングカーの横には七面鳥の檻があった。七面鳥は私の姿を見るなり、再びあの「ケーッケッケッケ」という声を出して逃げ惑う。七面鳥とは、何とも形容しがたい恐ろしい鳴き声を上げるものである。

 ふと、私の頭の中に昨日の夕食が浮かび上がった。そういえば、メインディッシュは鶏肉だった。それはひょっとして……いやいや、たぶん違うだろう。というか、そのような事を考えるのはやめておこう。


宿で朝食を頂き8時に出発


坂を下った所で橋が見えた


中世に架けられた古い橋である

 かつては近くに修道院もあったというこのアルティグ橋(Pont d'Artigue)は、中世から現在にまで残るサンティアゴ巡礼の証左として世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の構成要素となっている。不規則な4連のアーチからは地形に合うように橋を架けたという工夫が感じられ、なかなか興味深い。

 今日も巡礼路は相変わらずの麦畑であるが、この辺りはアルマニャックの産地という事もあってか、ブドウ畑も多く見られた。いずれも壮観である。


ブドウ畑の奥には青々とした麦畑が


それ以外の作物も見られるが、これは何の畑だろう


途中の集落で見かけた、すだれ状に掛けられたホタテ貝

 ところで、現在私のザックには食料がたんまりと詰め込まれている。昨夜のジットで夕食が出ると思っていなかった私は、コンドンで昨日の夕食分の食料まで買い込んでおいたのだ。その中には当然ながら晩酌用のワインも含まれており、それらが全くの手つかずの状態で重荷となっているのである。

 スパゲティやそのソースもそこそこの重量があるが、中でもガラスと液体で構成されているワインがクセモノだ。嫌になるくらいに重い。コンドンからラレシングルまでの道のりは、どうせ夜に消費するのだという思いで何とか耐え切れたものの、さすがに今日一日、このボトルを抱えたまま歩くというのはあまりに厳しい。

 というワケで、まだ10時と極めて早い時間ではあるが、まぁ、飲んでしまった。とは言え一本全部ではなく、半分程度である。それでもだいぶ荷物が軽くなった。心も軽くなった。


午前中からほろ酔い気分で巡礼路を行く


一時間程歩いてモントレアルという町に着いた

 私は酔いの勢いに身を任せ、緩やかな下りの未舗装路をガシガシ進んだ。11時を少し回った頃にモントレアル(Montreal)に到着である。ここもまた、「フランスの最も美しい村」に認定されている町であり、木組みが露出した家など古い建物が数多い。

 モントレアルの中心部にまで来たところ、広場の向かいにKさんの姿が見えた。どうやら地元のおじさんと話し込んでいるようである。声を掛けようと思ったが、まぁ邪魔するのもなんなので、とりあえず私はスタンプを貰うべくオフィス・ド・ツーリズモに入った。

 愛想の良い受付のお姉さんは、私の巡礼手帳にスタンプを押しながら「博物館を見ませんか?」と言ってきた。どうやらここのオフィス・ド・ツーリズモには、小さな博物館が併設されているらしい。しかも、嬉しい事に拝観料は無料だという。ザックも置かせてもらえるという事なので、せっかくだし入ってみる事にした。


ローマ時代のモザイク画がこの博物館の目玉である

 その博物館にはこの町の周辺で出土した様々な品が陳列されており、非常に興味深い内容であった。特にローマ時代のモザイク画は規模が大きく状態も割と良好であり、この博物館に立ち寄って良かったと思えるものであった。2000年前の人々が描いた絵は、当時の植生や生活を垣間見れる貴重な文化財であろう。

 お姉さんにお礼を言ってザックを受け取り、オフィス・ド・ツーリズモを後にすると、Kさんの姿は既に見られなくなっていた。まだどこかにいないかと広場を見渡していると、突如「タケ」と声を掛けられた。そこにいたのは、広場のベンチで昼食を取っていたフランス人のジャンさんと、アメリカ人のジーナさんである。

 ジーナさんは日本に英語教師として滞在していた事がある方で、日本語も少し話す事ができる。最初に会ったのはロゼルトで、私はジーナさんに「こんにちは」と声を掛けられたのだ。お二人とは同じ宿になる機会こそなかったものの、これまで何度か路上で顔を合わせ挨拶を交わしていた。Kさんの事も知っており(むしろ私よりKさんと会う事の方が多いようだ)、さっきKさんが町を出て行ったと教えてくれた。あぁ、それならしょうがない。


教会を見上げるベンチで昼食を取った

 私はジーナさんたちにお礼を言って別れると、町の外れに座って昼食を取る事にした。いつものごとくハチミツを塗ったフランスパンとチーズ、それと先程のワインの残りである。ぎらつく太陽の下でグビグビと飲むワインは私をさらに酔わせ、食事を終えた頃にはすっかり千鳥足であった。


モントレアルからは木陰が多くなったのが幸いだ


真っ直ぐに伸びる森の道である

麦の穂は美しい光沢を見せてくれる

 その途上では、ドイツから来たという青年に声を掛けられた。彼は、これで日本人に会ったのは二人目だと言っていた。一人目はおそらく、私の後ろを歩いていると思われるRさんの事であろう。Kさんは私の前を歩いているワケだし。

 この「ル・ピュイの道」ではやはり日本人が珍しいようで、道すがらこのような情報を貰う機会が結構多い。Kさんから聞いた話では、カオールで私の事と思われる情報を聞いたそうだ。私がまだカオールに着いていなかったにもかかわらず、である。私より先に進んだ人が話したのだろうか、巡礼者の情報網は意外と侮れないものである。


ブドウ畑の丘を上る


教会を横切り、丘を下って再度森の道へ


サンティアゴまで残り1000km!

 再び森の道に入ると、傍らの木に「1000KM!」と書かれた標識が掲げられていた。おぉ、ついにサンティアゴ・デ・コンポステーラまで残り1000kmとなったのか。ル・ピュイから遥々600km。まだ半分にも満たないが、それでもこの表記に私の気持ちは昂揚した。

 ……が、それも束の間、そこから延々続く一本道に、せっかく上がった私のテンションはみるみるうちに吸い取られてしまった。


真っ直ぐに、どこまでも続く一本道


この道で本当に正しいのか、不安がよぎる

 交差点など他に横切る道が無く、ただひたすらに延びる一本道である。私の他には歩いている巡礼者はおらず、巡礼路を示す赤白マークもしばらく目にしていない。私はどこか曲がるべき箇所を見落としてしまっているのではないかと焦燥に駆られた。時間は16時を回っており、早めに次の町へたどり着かないとマズい感じである。

 さらに進んでも赤白マークは一向に見当たらず、これは道を間違えかと思って引き返していると、ようやくこちらの方へ進んでくる人影が見えた。しかしそれは巡礼者ではなく、ランニング中の地元の女の子であった。私はその子を呼び止め、次なる町であるオーズ(Eauze)の方向を尋ねた。女の子は、「この先だよ」と今しがた私が引き返してきた道を指差す。ありゃりゃ、やっぱりここを行けば良いのか。赤白マークが無いので正しい巡礼路かどうかは分からないが、まぁ、これを行けばオーズにたどり着く事ができそうだ。

 結果的に、この道は正しい巡礼路であった。冷静を取り戻してから周囲を観察してみると、どうもこの道は鉄道の廃線跡なのではないかと思う。どうりで一本道なワケである。しばらく行くと、ちゃんと赤白マークもあり(分かれ道の無い真っ直ぐな道なので、頻繁なマークの記載は不要と考えたのだろう)、歩いて行くと無事オーズの町に出た。


町の気配がした時には心底安心した


17時過ぎ、オーズの町に到着である

 随分と時間を食ってしまったが、まぁ、ともかくオーズに到着する事ができた。しかし、問題はベッドの確保である。ジットの満室が続いている事からも分かる通り、この辺りは巡礼者の数とジットのキャパシティがどうも釣り合っていない。それだけ、ベッドを確保し辛い状況にあるという事だ。しかも時間が時間なだけに、かなり心配である。

 とりあえず、私はオフィス・ド・ツーリズモを訪れる事にした。カウンターのお兄さんに「ジット・コミュナルに泊まりたい」という旨を伝えると、当然のごとく「コンプレ(満室)」との返事である。まぁ、それは予想の範囲内だ。続けて、「他のジットの場所を教えてください」と尋ねると、お兄さんはそれには答えず「Are you タケ?」と逆に聞き返してくる。……って、なんで私の名前を知っているんだ?

 詳しく話を聞くと、なんとKさんから私への言付けがあるという。お兄さんはオーズの町の地図を取り出し、「ここへ行きな」と一軒のジットに丸印を付けた。これはもしや、Kさんが私の分のベッドを確保してくれたという事だろうか。それなら非常にありがたい。


オーズのカテドラルは武骨でシンプルな印象


……と思いきや、可愛らしい塔が

バラ窓のステンドグラスが床に映る

 さて、それでは教えてもらったジットに向かいましょうかとカテドラルの前を歩いていると、広場に並べられたカフェのイスにKさんが座っていた。その向かいには昨夜のジットで一緒になった女性がおり、二人はビールを飲みながら会話をしていた。この相手の女性とは私もまた昨日の夕食時に話をしており、パリで銀行システムのプログラムをやっているとの事である。余談だが、このプログラマ姉さんの話では、今でも銀行ではCOBOL(少々古いプログラミング言語)を使っているそうだ。

 私はそのテーブルに向かい、「お疲れ様です」と挨拶をする。Kさんから話を聞くと、やはり私の分のベッドも確保してくれたらしい。なお、プログラマ姉さんはもうじき休暇が終わってしまうらしく、明日この町からバスで帰宅するとの事であった。私は元プログラマとしてシンパシーを感じていただけに、少々残念である。

 プログラマ姉さんと別れの挨拶を交わし、私とKさんはジットへ向かう。そのジットは町から少し離れた静かな住宅街の中にあった。敬虔なクリスチャンのご夫婦が運営されているジットで、二食付きながら料金は寄付である。サンティアゴ巡礼路には、時折このような寄付で泊まれる宿が存在する(もちろん、それなりの心付けを包むもので、タダで泊まれるワケではない)。ここが初めての「寄付の宿」であった私は、今もなお巡礼路を支えている生きた信仰に出会えた気がして、何となく嬉しくなった。


夕食は自然食系であった


最後にはケーキまで出てきて嬉しかった

 夕食のメニューはサラダと大麦、それと鶏の手羽先と桃を煮たものである。パンとワインが付くのは言わずもがな。炊いた大麦は米と似たような食感と味である。正直、最近はパンに少し飽きを感じ始めていたので、とてもおいしく頂く事ができた。手羽先と桃の組み合わせは私には意外に感じられたが、桃の甘みと酸味が鶏肉にぴったり合っていた。

 デザートには数種類のチーズ、それとリンゴケーキまで出てきた。このケーキは砂糖などで味付けされておらず、素材のみの優しい甘さでとてもおいしかった。いやはや、これは素晴らしいジットである。私は再度、心の中でKさんに感謝した。