巡礼26日目:エル・シュル・ラドゥール〜アルザック・アラジーゲ(34.0km)






 今日の空は昨日よりもさらに分厚い雲によって覆われていた。8時を過ぎてもなお辺りは日没後のように薄暗く、景色はまるでモノクロの世界のようである。あぁ、こりゃ、雨になりそうだなぁとうんざりしながら宿を出た。


少々がっかりな天気である

 坂を上ってサント・キトリー教会を通り過ぎ、そのまま道なりに車道を進む。しばらくは郊外の住宅街といった風景が続いたが、途中で横道にそれて坂を下ると木々に囲まれた湖へ出た。今日は土曜日だからだろうか、朝から釣りをしている人も散見される。


釣竿三本を据えて釣りに挑むおじさん

 湖畔の道を抜け、高速道路の高架橋をくぐって坂を上ると、巡礼路は広大な畑が広がる平地となった。空の雲はますますその勢力を増し……と思ったら、ポツリときた。再びポツリ、ポツリ、そしてサーっと小雨が降りかかる。あぁ、やっぱり雨になってしまったか。

 私は慌てて木の下に飛び込んだ。そしてザックにカバーを掛け、レインウェアを着込む。その傍らには、巡礼者の休憩用として地元の人が置いたのだろうか、ベンチ代わりの大きな丸太が横たわっていた。これはちょうど良い。雨の勢いが弱まるまでここで休憩する事にしよう。


雨が降る中、畑を歩く


ベンチ代わりに丸太がしつらえられていた

 丸太に座りながら景色をぼーっと眺める事10分あまり、幾分雨脚が弱まってきた。私は出発しようとザックを背負う。その際、丸太裏側の茂みに目が行ったのだが、そこにはおびただしいほどの白い紙が散乱していた。水が染みてグズグズになりかけたそれは、トイレットペーパーである。

 フランスではそこそこの町に公衆トイレが設置されているが、さすがに巡礼路上ではそうもいかない。故に、木の陰や茂みなどはトイレ代わりになりやすいのだ。この茂みもまた、そのようなトイレゾーンの一つだったのである。生理的なものなのである程度はしょうがないとはいえ、トイレットペーパーの放置はいただけない。巡礼者が増加している昨今、巡礼路における放置トイレットペーパーはかなり由々しき問題である。


程無くして雨は上がってくれた


畑からは湯気が立ち上る

 日が出てきて急に気温が上がった為だろうか、湿気を帯びた畑からは湯気がもうもうと湧き上がり、なかなか幻想的な光景を見せていた。

 相変わらず真っ平らな道が続くので足は楽だが、周囲はどこまでも畑だし、道も直線的なので景観に変化が少なく少々精神的に疲れてくる。そのような中、この畑の湯気などといったアクセントがあると、ダレずに歩く事ができるのでありがたい。


トラクターの掃除をしているおじさんにも心癒される


雨が上がった後は気分が良いものだ


ミラモン・サンザックという村に着いた

 11時少し前、ミラモン・サンザック(Miramont-Sensacq)に到着した。村の入口に建つ教会には、礼服やドレスを着た人々が集まっている。どうやら結婚式が行われているようだ。日本では結婚式というと大きな式場やらなんやらで行われる事が多いが、このような村の教会で冠婚葬祭を営む姿こそ、地域コミュニティの本来あるべき姿なのだろう。

 微笑ましくも嬉しい気分で私は村の中へと入って行った。パン屋で昼食用のバゲットを調達していると、ふと一輪車を引くおじさん巡礼者の姿が見えた。


ここでも見かけた、一輪車を引く巡礼者

 以前フィジャックの辺りで出会った一輪車おじさんかと思いきや、よく見ると風貌が違っているし、引いている一輪車の色も違う(こちらは取っ手が青い)。どうやら別人のようである。コンドンでも二輪車カートを引くおじさんがいたし、やはりこのように荷物を運ぶ方法は、サンティアゴ巡礼においてそこそこメジャーなスタイルのようである。


ミラモン・サンザックを出てからは牧場が続く


スキー板を門の柵に利用している家があった


これを見かけた時、一瞬ぎょっとした

 この辺りではカラフルなスキー板の柵や、木に吊り下げられたツナギなど、目を引くものが多い。どちらもその意味はイマイチ分からないが、まぁ、地元の人の趣味なのだろう。このような妙なモノを見付ける事も、サンティアゴ巡礼における楽しみの一つである。


牧場から坂を下る


その先にポツンと建つ教会が見えた

 ちょうど正午を回った所であったので、私はこの教会で昼食を取る事とした。墓地の横で先程買ったバゲットをもぐもぐやっていると、ふと教会の中から歌声が響いてきた。

 昼食を食べ終えた私は、その歌声に誘われるように教会の中へと入って行った。そこには、椅子に腰かけて気持ち良さそうに讃美歌を歌う女性巡礼者の姿があった。教会というものは、歌声が響くように作られているのだそうだ。このような小さな教会であってもそれは例外でないらしく、女性の歌声はその残響と共に美しいハーモニーを奏でていた。


リラックスして讃美歌を歌う女性

 私は女性の歌声を背負いながら教会を後にした。この教会から巡礼路は林の中へと入って行く。雨が降った後だからだろうか、かなり空気がジメジメと湿っているが、その中で私は思わぬ生き物と出会う事ができた。


それはこの橋を渡った辺りにいた


デカくてカラフルなイモリである

 このイモリはファイアサラマンダーと言うそうで、ゲームなどによく登場するサラマンダー(火トカゲ)はこのファイアサラマンダーがモデルなのだという。日本で見るトカゲなどよりずっと大きく、黒字に黄色模様と非常にインパクトがある為、見つけた時はびっくりしたが、よくよく見るとなかなかかわいらしい顔をしているではないか。

 このサラマンダー君はじっとしたまま動かなかったので、かなり接近して観察する事ができた。そのあからさまな警戒色から、毒を持っていそうな感じがしたので触る事だけはやめておいた。後で調べたところ、やはり毒を持っているようである。しかもその毒は皮膚から分泌するのみならず、噴射する事もできるのだそうだ。私はうっかり顔を近付けてしまったが、それはかなり危険な行為だったようである。もし噴射された毒が目にでも入ったらと考えると……あな恐ろしや。


林を抜けたらパンボという村に出た


物凄く武骨なファサードの教会だ

その入口は素朴な彫刻で飾られていた

 パンボ(Pimbo)は小さな村であるが、その中心に建つ教会はなかなかに立派なものである。まるで壁のようにそそり立つファサードも武骨なカッコ良さがある。入口の柱とアーチは彫刻によって飾られているのだが、これがまたハニワのような素朴さあふれる逸品で非常に味がある。おそらく元々この形なのではなく、経年により摩耗した結果なのだと思うが。その具合から察するに、かなり古い教会なのではないかと思う。

 教会内部を見学してから外に出ると、二人の女性巡礼者がガイドブック片手に電話をかけていた。何度か路上で顔を合わせた見覚えのある二人である。彼女らは私を見るや否や、英語で「ここのジットに泊まるの?」と聞いてきた。Kさんに予約してもらったのはここではなく次の町のジットなので、「いえ、次の町です」と答える。

 おそらく、この二人はここパンボのジットに泊まろうと考えていたのだろう。ところがジットは満室で、慌てて代わりのジットを探しているようである。しかし、どこにかけても既に満室らしく、困っているようであった。ふと、私の脳裏にエル・シュル・ラドゥールのオフィス・ド・ツーリズモで見かけた男性巡礼者の姿が浮かび上がった。「ル・ピュイの道」後半の宿不足は本当に深刻である。


再び降り出した雨の中、双子の巡礼者を見かけた

 私は力になる事ができず、申し訳無く思いながら二人と別れてパンボを出た。程無くしてまたもや雨が降ってくる。今度は先程のような小雨ではなく、かなり勢いの強い雨であった。ザックにカバーを掛けているとは言え、このレベルの雨となると剥き出しのショルダーベルトに水が染み、またショルダーベルトを伝ってザック本体へ水が染みてしまう。

 私は陰鬱な気分で雨に打たれながら巡礼路を歩いた。その途上では双子のカナダ人巡礼者と会い、挨拶を交わした。この二人については、以前ジョンさんから話を聞いていたものの(二人のうち一人が足をケガして、数日間フィジャックで療養していたそうだ)、やはり同じ顔が二人並んで歩いているのには少々驚かされた。


畑の中の車道を行く

 とぼとぼ車道を歩く私の背後から、突然猛スピードの車が横を掠めて走り去って行った。猛スピードとは言ってもおそらく時速70kmぐらいだと思うが、細い道路かつ歩行者にとってはかなり早く感じるものだ。フランスではこのような細い道でも速度制限がかなり緩い。巡礼者が歩いている道でもかなりの速度ですっ飛ばして行くのである。ただし、信号の無い横断歩道を渡ろうとする時にはどのドライバーも必ず止まってくれる。その点は徹底していて歩行者としては非常にありがたい。

 雨に車にと少々やさぐれながら歩いて行くと、しばらくして町が見えてきた。本日の目的地であるアルザック・アラジーゲ(Arzacq-Arraziguet)である。町の入口付近で見覚えのある後ろ姿があると思ったら、それはKさんだった。二人でオフィス・ド・ツーリズモへ行き、予約を入れてあるジット・コミュナルの場所を聞く。


アルザック・アラジーゲの中心部

 辿り着いたジット・コミュナルには、ブルターニュの金融青年やジャン&ジーナさんなど見覚えのあるメンツが揃っていた。夕方には雨がますます強くなり、明日の天気がいささか心配になる。金融青年にその旨を話すと、きっと天気予報を見たのだろう、「明日もこんな天気だよ」と全く持って希望の無い返事である。あぁ、明日も雨なのか。

 そう、今思えばこの青年の一言こそが、私の「ル・ピュイの道」巡礼における最後にして最大の試練、「地獄の豪雨二日間」の始まりであったのだ。