巡礼30日目:ナヴァランクス〜アロウェ(15.0km)






 朝起きて中庭に出てみると、わずかではあるが雨がパラついていた。しかしながら空は昨日よりも幾分明るく、この雨もじきに止むだろうと思える希望があった。長らくグズグズ続いた雨も、これでおさらばできると良いのだが。

 朝食にしようと宿のキッチンを漁ってみるが、残念ながらこのジットにはコーヒーが用意されていなかった。代わりに置かれていたのが、瓶入りのシロップである。リヴァンアック・ル・オーのジットでも飲んだ、水で薄めて飲むフランスではメジャーな飲み物だ。


宿に置かれていたシロップ

 せっかくのサービスを無下にするのもなんなので、これを朝食と共に飲むことにした。ミント味とイチゴ味のシロップがあり、どちらも甘くて人工的な香りがするが、私はその駄菓子屋で飲むジュースのような懐かしい味が結構好きだ。節操無くガブガブと数杯頂いた。

 それから準備をして8時半頃に宿を出たのだが、その頃には雨はすっかり止んでくれていた。少しではあるが、雲の隙間から青空も見える。うん、これは良い兆候だ。ナヴァランクスの城門をくぐり、橋を渡って川向うに歩みを進める。


この橋もまたなかなか古いもののようですな


ナヴァランクスの町を出てからも集落が続く

 なお、今日もまたKさんとの共同行軍である。しばらくはやや大き目な車道に沿って歩いていくが、この辺りもまだナヴァランクスの郊外といった趣きがあり、集落の密度もやや高めとなっている。しかしいずれの集落もなかなかに雰囲気が良く、飽きる事は無い。私は写真を撮りながら進んでいく。

 ちなみに、昨日おかしくなったカメラの液晶は今日になっても相変わらずなままである。液晶の大部分が映らず、撮った写真の確認ができないのが痛いところだ。闇雲にシャッターを押すのではなく、しっかり狙って撮ることになるので、それはそれで写真が上達しそうではあるが。


集落と集落を繋ぐ坂道は未舗装だ


ここもまた味わい深い、カステトノー・カンブロン

 カステトノー・カンブロン(Castetnau-Camblong)という集落を抜けてから、巡礼路は今日もまた畑や森の中の道となった。その途上では太陽も顔を出し、一時ではあるが青空も広がってくれた。……って、昨日もこんな天気だったような気がするが。ま、まぁ、日の出ている時間も昨日よりは長くなっているような感があるし、きっと午後くらいから好転してくれる事に期待しよう。


晴れ間も出て気分良く道を行く


途中の森にはツリーハウスがあった

 木の上になにかあるなと思って近付いてみると、それはツリーハウスであった。集落からかなり離れた所にあり、また生活感やひとけが感じられない事もあって、人が住んでいるワケではないようだ。おそらくは子どもの秘密基地とか(それにしては高い所にあるが)、あるいは大人が休日に過ごす隠れ家的なものなのだろう。

 この辺りにはこのようなツリーハウスがいくつかあり、同じ人が作ったのか別の人の手によるものなのかは分からないが、なかなか印象的であった。



途中の畑でしばしの休憩

 出発から歩き続け、時間は11時を過ぎていた。少し疲れたので私は休憩を取る事にし、Kさんに先へ行ってもらう。とは言うものの、この辺りには休憩ができそうな場所があるようには思えず、しょうがなく私は道端の草の上にビニール袋を敷いて座った。

 しばらくぼーっと休憩を取った後、それでは行こうかと丘を上った所、その先の集落にベンチがしつらえられた立派な休憩所があった。私が休んでいた場所からわずか数百メートルの距離である。あちゃー、もうあとちょっとだけ進むべきだったのか。人生とは得てしてそういうものである。


咲き乱れる花が美しい

 再び丘を下り、それからは比較的平坦な道を進む。12時を回った辺りでベンチのある休憩所を発見したので、そこで昼食を取る事にした。先程休憩してからまださほど時間が経っていないが、せっかくベンチを見つけたのだから今度は機会を逃したくない。

 ベンチに腰を下ろしてザックから食料袋を引っ張り出していると、ベンチの横に毛虫がうごうご這っているのが目に止まった。おっと、先客がいなすったか。荷物に入ったりすると面倒なので、大変申し訳無いがお引き取り願おう。私は木の葉でその毛虫をすくい上げると、草むらの中に木の葉ごと放り込んだ。

 いつものごとくカマンベールチーズをかじり、バケットをもしゃもしゃやってご馳走様。ふと耳を澄ますと、川のせせらぎをバックにキツツキが木を叩くコンコンコンという音が聞こえてきた。続いて小鳥がさえずる声。あぁ、癒されますなぁ。


少し進むとこんな案内標識が

 自然に耳を傾けているうちに腹が落ち着いてきたので出発だ。程無くして道の脇に「Chateau de MONGASTON」と書かれた看板が立っているのを目にした。Chateau(シャトー)はすなわち城という意味である。ほほぅ、この標識の先に城があるというのか。なかなか面白そうだ、ちょっと寄ってみる事にしよう。

 私は巡礼路から外れ、その看板が示す横道に入った。その道路は丘へと続き、急な勾配で上がって行く。なるほど、この丘の頂上に城が建っているらしい。正直かなりしんどい坂ではあるものの、この先に文化財が待っているのだから苦にならない。汗だくになりながら、何とか坂を登り詰めた私の目に飛び込んできたのは――


がっちり閉ざされた門と、「Ferme」の文字である

 鍵の掛かった門の横には張り紙があり、赤文字でFermeとある。これは英語でいうところのCloseだ。張り紙に記された私が分かる範囲の単語を拾ってみるに、どうやら「ここは私有地だから入ったらいかん」的な内容のようであった。がーん、なんとこの城は非公開だったのだ。私としてはせめて一目見る事ができれば御の字なのだが、残念ながら門からでは建物の一部すら拝めない。

 せっかく道を外れて丘を登ったというのに、これは少々がっかりである。私はしょんぼり肩を落とし、今しがた頑張って上がってきた丘を下った。


シェルベにあった、薪を山ほど蓄えた民家


車道沿いを歩いて行く


リショでは雰囲気のある小川を越えた

 シェルベ(Cherbeys)という集落からはしばらく道幅の広い車道沿いの道を歩く。とはいえ車が通る頻度は極めて低く、歩いていて気になるという事はない。歩行者にとって、車は本当に恐怖の存在なのである。

 その先のリショ(Lichos)集落には小川が流れており、その周囲に広がる芝生では、寝そべって休憩を取る巡礼者を多数見かけた。現在は空にかかる雲もだいぶ薄くなっており、気温も徐々に上がってきている感じである。とは言え吹く風はややひんやりとしており、それがまた心地良い。


トウモロコシだろうか、作付けしたばかりの畑が広がる


耳をピンと立てたロバがかわいい

 リショから真っ直ぐ続く車道を行き、緩やかな丘を上るとY字路に差し掛った。ぱっと見た限りでは赤白マークの表記が無く、どちらの道が正解なのか分からない。ちょうど良くベンチが置かれていたのでそこに座ってルートの確認をする。が、私の持っているルートマップでは大雑把すぎて詳細な道がよく分からない。

 これは困ったとまごまごしていると、後からやってきた中年男女のグループもまたそこで立ち止まり、何かを話し合った後に右の道へ進んで行った。さらにしばらく待ってみると、次に来た二人組の女性は迷わず左の道に進んだ

 うーん、どちらが正しいのだ。私は立ち上がり、とりあえず迷う様子が無かった二番目の人たちを信じ、左の道へ進んだ。するとビンゴ、少し先の電柱に赤白マークがあるではないか。それでは最初の人たちは間違った道を進んでしまったのか?とモヤモヤしていたが、後日詳細な地図を確認すると、どちらの道でも結局は同じ道に出る事が分かった。どうやらそちらはショートカットルートだったようである。あぁ、これで一安心。


私は遠回りとなったが、道の雰囲気は良かった


再び車道に出て、その道なりに行く


15時過ぎにアロウェという村に到着した

 現在私が歩いているのは、バスクと呼ばれる地域である。フランスとスペインにまたがって領土を持っていたかつてのバスク国の土地であり、独自の文化や風習が今もなお受け継がれている事で知られている。その為、この辺りの看板はフランス語とバスク語の二重表記となっているのだ。

 またバスク地方はフランス国内でも降雨量が特に多い事で有名で、ここ数日雨天やくもりの日が続いているのも、その影響によるものなのだろう。南にそびえるピレネー山脈が雲を作り出し、バスクの大地に雨を降らせているのだと思う。


アロウェは極めて小さな村である

 Kさんに予約してもらった本日の宿は、このアロウェのジット・コミュナルである。小さな村なので簡単に見つかるかとと思いきや、意外とその場所が分からない。とりあえず引き返してみると、村の入口に建つ小さな平屋に人の姿が見えた。私と同じようなトレッキング的な服装をした巡礼者である。あぁ、この建物がジットだったのか。目立つ位置にありながら、外観からだとジットのようには見えず、見落としてしまっていたのだ。

 私はとりあえず、ボンジューと挨拶をしながら中に入る。入口にはザックが並び、その中にはなんと見覚えのある一輪車があるではないか。


ジットの入口に並ぶザックと一輪車

 私は思わず笑みをこぼしながらジットの中に入ると、そこにはやはりあの一輪車おじさんとWi-fiおじさんのコンビがいた。フィジャックのジットで一緒になり、カジャックの手前で別れた切りであったこのお二人、実に17日ぶりの再会である。私たちは握手を交わしてまさかの再会を喜んだ。彼らもまた着実に道を歩んできたのだ。

 私は何とも嬉しい気持ちでシャワーを浴び、洗濯をした。ジットの冷蔵庫にはビールも用意されており(1ユーロ)、それをかっ食らってますます良い気分に浸る。いやぁ、天気も良くなってきたし、嬉しい再会もあったし、今日はなんて良い日なのだろう。


夕方にジットのマダムがやってきて集金を始めた

 このジット・コミュナルは小規模でベッド数が少なく設備も最低限のものではあるが、その分宿泊料は9ユーロとコミュナル(公共宿)の中でも最安値であった。それは非常にありがたいのだが、一つ問題が。アロウェにはエピスリー(雑貨屋)が一軒あるだけなのだが、この日は水曜日で定休の日だったのだ。私は手持ちの食料が尽きかけており、どこかで買い物をしなければ空腹のまま寝る事になる。

 wi-fiおじさんも私と同じだったらしく、料金を払うついでにマダムに「店が無いか」的な事を尋ねたようだ。するとマダムは立ち上がって部屋の隅へ移動し、そこにあった棚の鍵を解除して扉を開いた。


ババンと出てきたのは、数々の食料品である

 その棚は簡易雑貨屋だったのだ。おぉ、これはありがたい。品物の種類も多く、しかも普通のお店で買うのと変わらない良心的な値段設定である。私は喜び勇んでスパゲティ、牛乳、チョコレート、それとワインを購入した。村唯一の店が開いてないという事実を知らされ、さすがに今日はワインが飲めないかと諦めかけていただけに、棚からワインが出てきた時には小躍りしそうな程に嬉しかった。