巡礼32日目:オスタバ・アスム〜サン・ジャン・ピエ・ド・ポー(20.0km)






 目を覚ました私は、何で自分がベッドの上で寝ているのか理解できなかった。ベッドに入った記憶が全く無いのである。昨夜の様子を思い出してみるものの、料理を食べ残りのワインを飲んでいたあたりで記憶がプツリと途絶えている。いつの間に寝たというのだろうか。頭はぐらりと重く、どうも軽い二日酔いになっているようだ。

 私はベッドから下りると、新鮮な空気を吸うべくふらふらジットの外に出た。辺りはまだ薄暗く、太陽が山の影から顔を出しかけているところである。視界の向こうには、朝霧に浮かぶ教会の尖塔が見えた。あぁ、素晴らしい光景だ。二日酔いはともかく、フランス国内の巡礼を締めくくるにふさわしい一日の始まり方である。


朝霧に浮かぶ教会の尖塔

 本日の目的地はサン・ジャン・ピエ・ド・ポー(Saint Jean Pied de Port)、フランス国内におけるサンティアゴ巡礼路の終着点だ。ついにここまで来たのかと感慨にふけりながら、私は朝霧の景色を眺めていた。

 朝食の時間、私は少しでも宿代の元を取ろうと限界ギリギリまで腹にパンを納め、オレンジジュースとコーヒーをたらふく流し込んだ。半ばヤケみたいなものである。随分と軽くなった財布を握りしめながら宿を出たのが8時過ぎ。二日酔いに加えてはち切れそうな程の満腹という事もあり、今日の私はいつも以上に歩行速度が遅くなりそうである。


吸い込まれそうな青空に、草木の緑が良く映える


白壁に木部赤塗りの家はバスク地方特有のものだろうか

 朝にかかっていた霧は出発時に晴れ、空は昨日以上の気持ちが良い晴天である。巡礼路は牧草の丘に沿って通されており、なかなかに気分良く歩く事ができる。白壁に赤屋根の家屋も景観に調和しており、独特の風情を醸し出している。「ル・ピュイの道」の締めとして、これ以上無いくらいの道だろう。

 しばらく歩いているうちに二日酔いも消え、昨日とは打って変わってテンション高めでガンガン進む事ができた。上り下りがほとんど無いのも、いまだ疲れが残る体と足にとってありがたい。私は途中で休憩を挟みながら、風景を噛みしめるようにのんびり歩く。


巡礼路は民家の敷地内を通る


小川に架けられた橋を越えて牧場へ


大きな車道と並行して行く

 しばらく牧場地帯を歩いていたと思ったら、今度は大きな車道に出た。車の量も多く、どうやらサン・ジャン・ピエ・ド・ポーに至る幹線道路のようである。いよいよ佳境に入ったという感じがひしひしと感じられ、ますます気分が昂揚する。


車道沿いには1714年に建てられた古い十字架が


そこから再び大きな車道を離れ、ガマルトの村に至る

 ガマルト(Gamarth)の周囲に広がる牧場には、羊が点々と群れを成していた。この地方では牛より羊の飼育が盛んなのだろうか。そんな事を考えながら、村の中に入る。

 教会の二階にある役場(MARIAE)でスタンプを貰い、さぁ次の村に向かおうかと歩いていると、何度か顔を合わせた事のある女性巡礼者に声を掛けられた。話によると、この村には巡礼者の為の休憩所があるのだという。ほぉ、それは面白そうだ。寄ってみよう。


その休憩所では数人の巡礼者が休んでいた

 広々とした敷地を持つ農家の軒先に作られた休憩所は、想像以上にしっかりしたものだった。休憩用のテーブルやベンチが並ぶだけではなく、コーヒーやこの農家で作られていると思われるチーズやヨーグルトなどを無料でいただく事ができるのだ。去年の四国遍路の際にはお茶や軽い食事を頂ける接待所に大変お世話になったが、こちらはいわばサンティアゴ巡礼版の接待所である。


自家製のケーキにチーズ、ヨーグルトと盛りだくさんだ

 酪農をされている農家なだけあって、チーズもヨーグルトも大変濃厚で美味だった。設置されているトイレもウッドチップを利用したバイオトイレで、エコ・ファームという言葉がぴったりな農家である。

 休憩所でサン・ジャンに向けての英気を貰った私は、ガマルトの村を出て引き続き巡礼路を行く。太陽が高くなる程に気温も上がり、巡礼者とすれ違う度に「ショアー(暑い)」と言葉を交わす。暑いのは毛皮をまとった羊も同じようで、途中の牧場では一本の大木の影に何頭もの羊が群れていた。


木の陰に入って太陽を避ける羊たち

 またこの辺りには城が多く、昨日のオスタバに続きラカール(Lacarre)やブシュナリ・サラスケット(Bussunarits Sarrasquette)といった村でも城を見る事ができた。オスタバの城はどちらかというと要塞的な武骨なものであったが、こちらは四隅に尖塔が設けられるなどやや装飾的で、まさに「フランスの城!」といった趣きである。


巡礼路から見たラカールの城と教会


ブシュナリの城は巡礼路沿いにある

 なお、ラカールの城は19世紀、ブシュナリのものは15世紀の建造だそうだ。昔からこの地域では有力者が自宅を城塞化する事が多いらしく、これらはその名残なのだろう。どちらも現役で使用されている民家なので内部の見学はできないが、巡礼路の風景を彩る非常に印象的な文化財である。

 ポプラの綿毛が舞う路肩で昼食を取った後、コンニチハおばさんのグループに再会したりしながら舗装路を行く。ブシュナリからは徐々に民家が多くなり、程無くしてサン・ジャン・ル・ヴュー(Saint Jean le Vieux)という町に着いた。


なかなか大きな町、サン・ジャン・ル・ヴュー

 サン・ジャン・ル・ヴューはサン・ジャンという名前が付く通り、あと一息でサン・ジャン・ピエ・ド・ポーに到着するその手前の町である。感覚的にはサン・ジャン・ピエ・ド・ポーのサテライト・タウンみたいな雰囲気だろうか。

 町の中心にあるバルでは、サン・ジャン・ピエ・ド・ポー到着を前にして巡礼者たちが早くも祝杯を上げているようであった。


人工物が格段に多くなり、大きな町が近い事を予感させる

 車道を横切るトンネルを抜け、民家が並び立つ住宅街のアスファルト道を歩く。その途中には小さな礼拝堂が鎮座しており、そこで私は先を行くKさんに追い付いた。せっかくなのでサン・ジャン・ピエ・ド・ポーまで一緒に歩く事に。


ゆっくりとした歩みのおじいさん巡礼者

 しばらくして、前方に一人の巡礼者が見えてきた。途中で痛めたのか、片足をひきずるようにしてゆっくりと歩いている。ゴールまでまだまだ距離がある場所ならば思わず心配になってしまう所ではあるが、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーはもう目と鼻の先だ。さぞ頑張ってここまで来たのだろう。Kさんはそのおじいさんに「あと少しだから頑張って」と声を掛けていた。そう、あと少しなのである。


サン・ジャン・ピエ・ド・ポーに入る直前である


そして見えた、町の入口サン・ジャック門

 ついに来た、サン・ジャン・ピエ・ド・ポー。フランス国内のサンティアゴ巡礼路の終着点にして、スペイン国内のサンティアゴ巡礼路の開始地点である。ル・ピュイ・アン・ヴレからスタートして32日目、距離にして800kmの道のりを歩きようやくたどり着く事ができた。

 スペインの西の端、サンティアゴ・デ・コンポステーラまでは残り800km。私のサンティアゴ巡礼はようやくここで折り返し地点を迎えたのである。「ル・ピュイの道」を歩き通せたという達成感も、並々ならぬものであった。


サン・ジャック門から見るサン・ジャンの新市街

 門の前でしばらく感慨にふけていると、背後から「タケ!」という声が掛けられた。私ははっとしてそちらに目をやると、そこにはなんとピエールさんが立っているではないか。ピエールさんご夫妻は途中のエル・シュル・ラドゥールで巡礼を区切るという事だったので、まさかここで再会できるとは思ってもいなかった。

 私は破顔し、彼らと共に到着を喜んだ。どうやらピエールさんは、巡礼を終えた後も車であちらこちらを観光して周り、ちょうど昨日サン・ジャンの町に来たのだという。いやはや、このような奇跡が待っているとは、運命とは全く持って面白い。さらに私の後方を歩いていた一輪車おじさんも到着し、サン・ジャック門の前はもう軽いお祭り騒ぎである。


みんなで旧市街を行く

 私はル・ピュイからここサン・ジャンまで、数多くの巡礼者と出会ってきた。顔馴染みになった方も多く、彼らに支えられきたからこそここまで歩けたと言っても過言ではない。そのうちの大多数は地元フランスの人であった。

 しかし大変残念な事であるのだが、フランス人巡礼者の皆さんはその多くがこの町で巡礼を終えてしまうのだそうだ。サン・ジャンの町中でばったり会ったコンニチワおばさんのグループもまたこの町がゴールなのだと言っていた。ヨーロッパは陸続きとはいえ、フランスとスペインでは当然ながら言葉が違う。スペイン語や英語を喋る事ができない方々にとっては、スペインに入るのは少し敷居が高いようだ。

 もちろん、この先に進む人々もいる。やはりサン・ジャンの町中で再会したジャンさんとジーナさんのお二人は昨日のうちにサン・ジャンに到着しており、明日の朝スペインに向けて出発するのだそうだ。


旧市街を散策していたジャンさん&ジーナさん

 散々お世話になったジョンさんマイティさんご夫妻もまたサンティアゴまで歩き通すと言っていたが、彼らとはアルトエの町で別れて以来一度も姿を見ていない。マイティさんの足のケガは大丈夫なのだろうか。彼らはまだこの道を歩いているのだろうか。

 私は少ししんみりしながら皆と別れ、一人で観光案内所に向かった。そこでこの町のジット一覧表を貰い、本日泊まる宿を選ぶ。宿泊料金の安い公共ジットもあるにはあるのだが、そこは原則として一泊しか泊まる事ができない。明日は休息日として一日ゆっくりするつもりなので、連泊可能な私営のジットを探す必要があったのだ。

 私はとりあえずリストの一番上にあったジットでいいやと思い、案内所のお姉さんにお願いして満室かどうか確認の電話をかけていただいた。幸いにも空きがあったらしく二連泊もOK、しかもジットの旦那さんが車で迎えに来てくれるという。


夕食はいつも通りだが、ワインは地元産のものだ

 車の送迎が必要な程に遠い所にあるのかと少し警戒したが、乗車時間は3分たらず。たどり着いたジットは町の中心部からすぐの所にあった。これだけの距離でわざわざ車を出してもらうのも恐縮な話だが、まぁ、単純に親切心というか、サービスだったようだ。

 サン・ジャンは最もメジャーなサンティアゴ巡礼路である「フランス人の道」の始点であり、ここから歩き始める人は相当な数に上る。故に宿の確保を心配していたのだが、この日私が泊まったジットは全くのがらんどうであった。宿泊客は私以外に一切おらず、二段ベッドが並ぶ部屋を独り占めである。そこそこ大きな町なので大型のスーパーもあり、そこで食料を調達して宿で調理し夕食にした。

 サンティアゴ巡礼を開始してから一ヶ月以上、これまで全く休みを入れずに歩き通してきた。明日はゆっくりしてこれまでため込んだ疲れを一掃するとしよう。サン・ジャンの観光もしたい。スペインに入る前の羽休めである。