金ケ崎城内諏訪小路

―金ケ崎城内諏訪小路―
かねがさきじょうないすわこうじ

岩手県金ケ崎町
重要伝統的建造物群保存地区 2000年選定 約34.8ヘクタール


 旧奥州街道沿い、北上川と宿内川の合流地点に立つ台地の上に存在する金ケ崎は、江戸時代、仙台藩の重要拠点であった二十一要害のうちの一つである。正保元年(1644年)、伊達氏は金ケ崎に家臣の大町定頼(おおまちさだより)を派遣、大町氏は金ケ崎の町を現在に通じる形に作り上げた。




金ケ崎城二の丸跡

 金ケ崎の町並みは、大町氏の居城であった金ケ崎城を中心に形成されている。金ケ崎城は背後に崖を望む川沿いに位置し、その周囲は緑の多い武家町が広がる。一方、武家町西の旧奥州街道沿いには商人地が配され、その北端と南端には足軽町を置き、守りを固めていた。このうち、金ケ崎跡を含めた武家町一帯が重伝建の選定を受けている。




代々大町氏の家老を務めていた添田家の住宅門

 金ケ崎の武家町には、現在も多くの武家屋敷が良好に残されている。また、武家屋敷の他にも大町氏の菩提寺である泰養寺や、江戸時代の国文学者である菅江真澄が和歌を奉納した金ケ崎神社(旧諏訪神社)なども現存している。金ケ崎城に続く道は、枡型や鉤型に折れ曲がり敵の侵入を困難とする防衛策が見て取れる。




生垣やイグネが独自の景観を作る

 金ケ崎の武家屋敷は、生垣やイグネと呼ばれる屋敷林によって囲まれており、外から屋敷内部の様子が見えないようになっている。イグネは杉の木を中心に屋敷の北西部に植えられ、吹き降ろす風や雪から屋敷を守り、暑さ防ぐ役目を持つ。また、屋敷を建て直す際の建材にも用いられてきた。




山林奉行を務めていた大松沢家住宅門
700坪の敷地は板塀に囲まれており、巨大な庭園を持つという

 屋敷は間口が狭く、奥行きが広い構造を持っている。道路に面して寄棟造りの茅葺屋根を持つ主屋やその付属屋が立ち、主屋の前には庭園が作られている。敷地の奥は畑となっているのだが、これは当時の武士たちが半士半農の生活を送っていたことの名残である。




2006年に整備され、昔の姿に戻った旧大沼家住宅

 残念ながら、金ケ崎の武家屋敷およびその庭園はそのほとんどが非公開となっており、せいぜい道路から垣根越しにその様子をうかがい知る事しかできない。唯一、人が住んでいない旧大沼家住宅だけが、内部を見学することができるようになっている。旧大沼家住宅は典型的な中流階級の武家屋敷であり、茅葺屋根の主屋と馬屋、そして厠が並ぶ、三ツ屋形式の屋敷である。

2007年10月訪問




【アクセス】

JR東北本線「金ヶ崎駅」より徒歩約10分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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