倉敷市倉敷川畔

―倉敷市倉敷川畔―
くらしきしくらしきかはん

岡山県倉敷市
重要伝統的建造物群保存地区 1979年選定 約15.0ヘクタール


 倉敷は舟運によって繁栄した川港の商家町である。江戸時代には幕府の直轄領となった倉敷は、税制の優遇措置を受け商業地としてますます発展、倉敷川沿いには豪商たちの立派な蔵屋敷が建ち並んだ。その白壁の町並みは現代にまで受け継がれ、今や倉敷は日本を代表する伝統的町並みとして脚光を浴びている。




倉敷川と柳並木

 倉敷川はかつて高梁川の支流であった。この水運を利用して備中地方の米や綿などの生産物が集められ、また荘園年貢米を積み出していった。倉敷の地名の由来は、そのような津出し港を「倉敷地」と呼んでいたことから来たという説が有力である。




厨子二階の塗屋造り町屋

 倉敷の町屋は、土塗り漆喰仕上げの塗屋造り、厨子二階建てで屋根は切妻、本瓦葺が基本である。倉敷ならではのものとして、一階の窓には倉敷格子と呼ばれる親付切子格子がはめられ、厨子二階には片開きの土戸がついた倉敷窓が設けられているなどといった特徴がある。




白壁になまこ壁や黒い板張りのコントラストが目を引く

 倉敷ではいたる所でなまこ壁を見ることができる。なまこ壁とは、瓦を張りその継ぎ目を漆喰で塗り固めた壁のことである。こんもりと盛られた継ぎ目の漆喰がなまこのようであるからこの名が付けられた。耐火性に優れているため、蔵などの外壁によく使われる。この倉敷では瓦を水平垂直に張ったなまこ壁が多く、倉敷の町並みをより引き立てている。




重要文化財、旧大原邸

 近代の倉敷は、大原家を抜きに語れない。もともと倉敷の大地主であった大原家は、明治に倉敷紡績所を創設しさらなる富を蓄えた。その二代目社長の大原孫三郎が創設したのが旧大原邸の向かいに建つ日本初の西洋美術館大原美術館だ。倉敷川近く、レトロな赤レンガの壁に囲まれた倉敷アイピースクエアは、倉敷紡績所の工場跡に作られたホテルである。




本町の町並み

 倉敷と言えば倉敷川沿いの白壁の町並みと柳並木があまりに有名だが、倉敷川から東へ入った本町や東町にも古くからの町並みが残されている。この付近は非常に高いレベルの町並みでありながら、現在も人の生活が息づく趣きある風情が漂っている。

2006年08月訪問




【アクセス】

JR山陽本線「倉敷駅」より徒歩約10分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。