一関本寺の農村景観

―一関本寺の農村景観―
いちのせきほんでらののうそんけいかん

岩手県一関市
重要文化的景観 2006年選定


 岩手県、秋田県、宮城県の三県にまたがる栗駒山に端を発する磐井川(いわいがわ)。その中流域には河岸段丘からなる小盆地が連続し、自然豊かな山林に囲まれた農村が広がっている。本寺地区もまたそのひとつであり、中世の頃には「骨寺村」という名の荘園で中尊寺の経蔵別当が所領していた。鎌倉時代の歴史書である『吾妻鏡』には骨寺村の境界が記されており、また中尊寺に伝わる古文書にも記述を見ることができる。中でも鎌倉時代に描かれた『陸奥国骨寺村絵図』には骨寺村の様相が詳細に描写されており、水田や水路、社寺や祠など、現在の位置と一致するものも多い。中世荘園の様相を今に残す貴重な集落として、平成18年(2006年)に国の重要文化的景観に選定された。




『陸奥国骨寺村絵図』詳細絵図(現地案内板より)
実物は国の重要文化財に指定されている

 中尊寺に伝わる『陸奥国骨寺村絵図』(以下、絵図)は簡略絵図と詳細絵図の二枚があり、いずれも東から西へ俯瞰するように骨寺村の小盆地が描かれている。道や川、家屋や水田の様相のみならず、寺社や祠などといった集落のランドマーク的な存在も細かく描写されており、そのうち慈恵塚とその拝殿、若神子社、駒形根神社および白山社、伝ミタケ堂跡、山王窟と不動窟の場所を現在も確認あるいは比定することが可能である。それらと共に、発掘調査によって中世の住居遺構が確認された遠西遺跡や梅木田遺跡、戦国期の簡易的な山城である要害館跡を含む、計48.8ヘクタールの範囲が「骨寺村荘園遺跡」として重要文化的景観の選定に先立つ平成17年(2005年)、国の史跡に指定されている。




かつての本寺の入口、坂芝山の麓にたたずむ慈恵大師拝殿

 本寺の集落を取り囲む山並みのうち東北端を坂芝山といい、山頂に「慈恵塚」が祀られている。その傍らには馬坂(まさか)新道が通っており、平泉方面からやってきた人々はここから坂を下って集落内へと入る、いわば村の入口にあたる場所である。この慈恵塚は比叡山の第18代座主の慈恵大師良源(りょうげん)の頭を埋めた場所であるとされ、舌の生えた髑髏が在地豪族の娘に法華経を教えたと伝わっており、その伝説が骨寺という村名の由来になったとも言われている。また絵図に骨寺堂跡という文字と礎石のようなものが描かれていることから、この集落には鎌倉時代後期には既に廃寺になっていた骨寺という寺院がかつて存在し、それが村の名前になったともいう。




不整形な水田の中にたたずむ若神子社の社叢

 集落西側の丘陵には、「駒形根(こまがたね)神社」と「白山社(はくさんしゃ)」が鎮座する。そのうち駒形根神社は、その名の通り駒形根(現在の栗駒山)を祀る神社である。かつて日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征を行った際、栗駒山の山頂に六柱の神を祀り、東国鎮護の祈願をしたとされる。絵図では駒形根神社の場所に「六所宮」と表記があり、これが現在の駒形根神社であると推測できる。また集落東寄りの水田の中には、こんもりとした社叢が茂る「若神子社(わかみこしゃ)」が祀られている。絵図には「若神子神田二段」と書かれており、「ワカ」も「ミコ」も、死者あるいは神の意志を伝える巫女を意味することから、口寄せを行う巫女の守護神であったと考えられている。




天台修験の聖地である山王山
険しい岩山の山頂近くに山王窟が存在するという

 奥州における天台宗の拠点である中尊寺の荘園であった本寺地区には、天台修験道にまつわる聖地も数多い。集落の最も奥まった位置にそびえる山王山には「山王窟(さんのういわや)」があり、これは天台宗の総本山である比叡山延暦寺の地主神、日吉山王神を祀る岩屋である。絵図においても上部に強調されて描かれており、骨寺村が中尊寺の所領であることを誇示している。また集落北側に位置する山の中腹には、奥行き13メートルの洞窟が存在する。「不動窟(ふどうのいわや)」と称されるこの洞窟もまた、修験道の行場であった。同様に、集落北西の山の上、西に山王山を臨む「伝ミタケ堂跡」も、山岳信仰の聖地であったという。




屋敷の西側はイグネと呼ばれる屋敷林で覆われている

 本寺地区に広がる水田は、微妙な地形の変化に合わせて築かれており、畝が複雑に入り組み大きさもまちまちだ。水路も曲がりくねっており、まるで迷路のような様相を呈している。絵図に見られるように、中世の骨寺村では各家が散在して屋敷を構え、それぞれ独自の水利をもって稲作を行っていた。今に見られる不整形な水田や水路は、この中世から続く「田屋敷型散居集落」の名残りである。また各家は敷地の西側に「イグネ」と呼ばれる屋敷林を備えているが、これは栗駒山から吹き下す強風から家屋を守るための防風林だ。このように、本寺地区では中世荘園に由来を持つ史跡や農業システムを残しつつ、風土に根差した農業景観を継承する稀有な例である。

2006年06月訪問
2015年10月再訪問




【アクセス】

JR東北本線「一ノ関駅」より岩手県交通「厳美渓・瑞山線」で約40分、「骨寺村荘園遺跡前バス停」下車すぐ(本数が少ないので要確認)。
JR東北本線「平泉駅」よりレンタサイクルで約90分。

【拝観情報】

散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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