田染荘小崎の農村景観

―田染荘小崎の農村景観―
たしぶのしょうおざきののうそんけいかん

大分県豊後高田市
重要文化的景観 2010年選定


 大分県、瀬戸内海に丸く突き出た国東(くにさき)半島。その西部に広がる田染(たしぶ)盆地は、平安時代に八幡社の総本社である宇佐神宮の荘園として拓かれ、水田が開発された地域である。そこには今もなお広大な田園風景が広がっており、中でも田染盆地中央西よりの小崎地区では、緩やかな傾斜を利用して形成された水田群、それらに巡らされた水路網、および地区内を流れる小崎川、そして荘園の管理者であった田染氏の住居地区をルーツに持つ集落など、荘園を構成する各種要素の位置や規模などが、荘園時代よりほとんど変化しておらず、中世の荘園景観を良好に残す農村景観の原風景として、2010年、重要文化的景観に選定された。




中世より変わらない光景を見せる、小崎地区の田園風景

 隆々とそびえる標高721メートルの両子山(ふたごさん)を中心に、何本もの尾根が放射状に延びる国東半島では、尾根の間に細長く作られた谷間に集落が築かれている。中でも安岐(あき)、武蔵(むさし)、国東、伊美(いみ)、来縄(くなわ)、そして田染の6ヶ所は良く開け、古来より人が住まってきた地域である。国東半島の仏教寺院群や、それらにおいて発展してきた国東半島独自の山岳仏教文化を総称して六郷満山(ろくごうまんざん)と呼ぶが、この言葉は国東半島に存在する6つの地域に由来するものである。また、これらの寺院や信仰は国東半島全体に根ざしており、田染の周囲においても富貴寺や真木大堂などの古刹が多く、磨崖仏も数多く残されている。




雨引神社の鳥居越しに見る小崎の水田
この地における稲作は、この神社から湧き出る水を利用して始まった

 奈良時代の天平15年(743年)、土地を開拓した者にその土地の所有権を認めるという「墾田永年私財法」が聖武天皇により発布されると、各地の有力な寺院や神社、貴族などはこぞって未開拓の地に人夫を送り、次々と田畑を開いて私有地を増やすに至った。そのようにして生まれたのが荘園である。田染盆地に田染荘が形成されたのは平安時代の11世紀前半、元々湧き水を利用した古代様式の水田が存在していたこの地を、宇佐神宮が整備して荘園としたのだ。当時既に大きな力を持っていた宇佐神宮は、九州各地に水田を切り拓き、広大な荘園を有していたが、その中でも田染荘は「本御荘十八ヶ荘(ほんみしょうじゅうはっかしょう)」の一つとして特に重視されてきた。




田染氏の館があったという、小崎集落内の延寿寺

 鎌倉時代に入ると、田染荘の領主権は幕府の御家人に渡るものの、文永11年(1274年)の文永の役、および弘安4年(1281年)の弘安の役において、二度に渡って元寇を退ける事に成功すると、その戦功は神仏の加護、すなわち寺社の祈祷によるものであったとする思想が広まった。幕府は寺社に領地を返還する「神領興行法」を発し、田染荘は再び宇佐神宮の領土となる。その後は、宇佐神宮の神官職にあった田染氏が、小崎地区の延寿寺(えんじゅじ)境内付近に尾崎屋敷を設け、荘園の管理にあたっていたという。その屋敷の周りには、他にも飯塚屋敷や為延屋敷といった管理者の屋敷が10以上存在しており、それが現在における小崎集落の原型となった。




水田越しに東の奇岩を望む
中央右よりの岩山には、二体の観音像を祀る間戸(まど)の岩屋が存在する

 田染荘の小崎地区は、西国の比叡山と称される西叡山(さいえいざん)が西側にそびえ、東側には朝日観音、夕日観音の二体の観音像が祀られる奇岩群がそそり立つ、そのような周囲を山に囲まれた土地にある。西叡山側から奇岩側にかけて、緩やかに傾斜するその地形は、流れる湧き水をそのまま農業用水として利用すれば良く、灌漑技術の未熟な古い時代においても稲作の好適地であった。人々はまず、雨引(あまびき)神社から湧き出る水を利用して、その周辺に水田を拓いた。時代が進むと今度は地区内を流れる小崎川に井堰を築き、そこから水を引き入れて新たな田を開発。さらには溜池を用いて水田の規模を増し、現在に見られるような田園を作り上げたのだった。




のんびりとした風情の小崎集落

 中世の形状を受け継ぐ小崎地区の水田は、地形を利用してそれに沿うよう築かれている為、畦はぐねぐねと曲線を描き、その大きさも一枚一枚違い、不ぞろいである。傾斜地であるが為に高低差も生じ、効率を求める近代農業に適応するには不便な点が少なくない。90年代末には田を画一的な形状に直す圃場整備の話が持ち上がったが、中世より変わらぬ景観の文化的価値を見直そうという意識の高まりと共に、論調は状態保存へと転じ、一部が整備された他はおおむね古来の様相を留め、荘園における水田景観が良好に保存されている。近年ではこの景観を持続可能な形で保護しようと、水田のオーナー制度やアグリ・ツーリズムなど、集落を活性化する様々な試みが行われている。

2010年07月訪問




【アクセス】

JR日豊本線「豊後高田駅」(「中津駅」からも乗車可能)より大交北部バス「大分空港行き」で約15分、「田染中村」バス停下車、徒歩約10分。

【拝観情報】

散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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