四万十川流域の文化的景観 源流域の山村

―四万十川流域の文化的景観 源流域の山村―
しまんとがわりゅういきのぶんかてきけいかん げんりゅういきのさんそん

高知県高岡郡津野町
重要文化的景観 2009年選定


 全長196キロメートル、四国最長の長さを誇る四万十川(渡川)。日本最後の清流とも称されるその川は、高知県北西部、津野町の不入山(いらずやま)に端を発している。不入山に降り注いだ雨は、地中で濾過され岩から染み出て流れを作る。それは山を下ると共に沢へと成長し、方々の山より幾千もの支流を集め、豊かな水と広い川幅を得て太平洋へ注ぐのだ。そのすべての始まりである源流域では、山林の中に溶け込むように流れる四万十川に沿って、古い民家が点在し、棚田が連なるという、河川源流部の原風景を見ることができる。それらの川や集落の景観は、険しい山中に住む人々の生活のあり方を示すものとして、重要文化的景観に選定されている。




船戸地区より不入山方面を望む

 津野町における「四万十川流域の文化的景観」の選定範囲は、四万十川の源流点である不入山を中心としたその周辺一帯の山林、および不入山より南へ流れる四万十川沿岸を含めた「四万十川源流域」と、同じく不入山に源流を持ち、津野町の西側を下って梼原(ゆすはら)町へと至る北川流域の「北川区域」から構成されている。それらの流域に点在する集落の中で、四万十川沿いに存在する船戸地区、および北川沿いに存在する口目ケ市(くちめがいち)地区、芳生野(よしうの)地区、北川地区、大古味(おおこみ)地区の五ヶ所が重点地区に指定されており、それらの集落では河川のみならず、家屋や田畑を包括した山村景観全体が保護の対象となっている。




不入山の四万十川源流点

 四万十川と北川の源流である不入山の一帯は、江戸時代には森林資源の保護の為、土佐藩によって人の立入りが禁じられていた、いわゆる御留山(おとめやま)であった。不入山という名も、それに由来するものである。不入山の標高は1336メートル。気候は温暖かつ多雨の為、その山内や周囲の山々にはきわめて豊かな植生が展開されている。中には樹齢200年以上とされるヒノキの大木も存在しており、これらの山林は四万十川源流の森として保護されている。この不入山において、南斜面から湧き出した水は四万十川として南へ流れ、北斜面から湧き出した水は、西へと流れて北川になり、北川は梼原町で梼原川に吸収された後、四万十町で四万十川に合流するのである。




四万十川が始めて到達する集落である、中村地区の棚田

 不入山を後にした四万十川は、険しく切り立った谷間をしばらく流れた後、緩やかな斜面に棚田が広がる中村地区へと至る。この付近より河川の傾斜は緩やかとなり、川は蛇行を始めて沿岸に耕作可能な平地が生まれ、人が住むに適した土地となる。さらに南へ進み、河内五社神社を通り過ぎると、四万十川は船戸地区にたどり着く。船戸地区は土佐と伊予を結ぶ梼原街道が横切る集落で、比較的開けた土地にあり、集落や水田の規模は中村地区より随分大きい。なお、この梼原街道は幕末に坂本竜馬らが脱藩した際にも使用された主要道路で、今は国道197号線となっている。以降、四万十川はますます蛇行の傾向を強め、いくつかの山村集落を抜けた後に中土佐町へと至る。




船戸地区に架かる一本橋風の板橋

 一方、不入山より西へ向かった北川は、国道439号線に沿って流れ行く。こちらもまた多くの支流と合流して成長するのだが、カエデなどの広葉樹が美しい不入渓谷も、北川に注ぐ支流の一つである。北川は複数の古民家が残る口目ケ市地区で南へと進路を変え、幕末に土佐勤王党の志士として活躍した吉村虎太郎の生家がある芳生野地区へと入る。この芳生野地区には水路を地下に潜らせ川と交差する、サイフォン式の水路が残されており、今もなお現役の用水路として使用されている。また、同じくこの集落には、川に板を渡しただけの一本橋が存在する。これは川が増水した際に板を外して流失を防ぐ為の簡易橋で、沈下橋が架けられる前はこのような一本橋が用いられていたという。




北川沿いにへばりつくように形成された北川集落

 芳生野地区を出た北川は、旧東津野村役場を経由した後、四万十川を越えてきた梼原街道と北川地区で一時的に併走する。この北川地区は、北川に沿って家屋や棚田が並ぶ集落から成り、この流域における山村集落の好例と言える地域である。北川地区よりやや下流、梼原町に程近い大古味地区もまた、いくつかの古民家や棚田が見られる集落だが、ここには北川に張ったワイヤを使い、カゴに乗って川を超えるゴンドラが設置されている。また、津野町は伝統芸能も盛んな土地であり、延喜13年(西暦913年)に京から津野の地に下って来た藤原経高(ふじわらのつねたか)により伝えられたとされる津野山古式神楽は、土佐神楽の一つとして国の重要無形民族文化財に指定されている。

2010年07月訪問




【アクセス】

JR予土線「須崎駅」から高知高陵交通バス「梼原行き」で約50分(始発は高知市の堺町なので、高知市から直接行く事もできる)「船戸」バス停下車。
船戸から四万十川源流地点まで徒歩約二時間半。

【拝観情報】

散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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